「土井先生、今日はよろしくお願いします」
「はい、よろしくお願いしますね。では早速下準備、しましょか」
「今日はどんな料理を作られるんですか」
「僕ね、最近楽器にハマってるんです。ギターをやっているんです。ギターでジャズを弾いているんです」
「……はあ」
「まずはこの九条ネギ。リズム良く刻みましょう。トントントントンリズム良く。一定のリズムで刻んでください。フレディ・グリーン聴きましょう」
「あの、今日はどんな料理を作られるんですか」
「リズムよく刻みましょう。トントントントン。とにかくリズム。リズムが大事なんですよ。素材とかどうでもええくらいです」
「先生、あの、今日は……」
「パット・メセニーも言うてました、『ラインのリズムが強力なら何の音を弾くかはほとんどどうでもええ』言うてました。素材とか極論、何でもええのです」
「はあ」
「この苦いパクチー、香菜ですね、嫌いな方もいてるかもしれませんが料理には欠かせません、テンションノートみたいなもんです、b9と#9が同時に鳴っているような感じですよね、ギターでは弾くの難しいんです、セロニアス・モンクなんです」
「先生、あの、何をおっしゃっているか…」
「次はね、この米茄子とスライスチーズをミルフィーユ状に重ねて置いていきます、これはね、2種類のトライアドを同時に鳴らすようなもんなんです、Db|Ebみたいな表記、見たことありまっしゃろ、重層的な響きになります、ポリコードいうやつです、ここから上級編になります」
「あの、あまり専門的なことは……」
「砂糖とお醤油を加えます。甘いのとしょっぱいの。これ両方入れてはじめて成立するんです。ブルースにおけるメジャーとマイナーのミックスみたいなもんですわ。人生ええことも悪いこともありまっしゃろ」
「先生何を言っているんですか」
「ベースにはね、ずっとこのトマト味が響いているんです、上で何やろうがこのトマトの支配下なんですわ、ドミナントペダルのようなもんですわ、上でどんなにグツグツ暴れようが4小節はこのトマトがガッシリ支えてくれます」
「先生、今日は仕事荒くないですか」
「でもね、あんまり煮込み過ぎるとダメなんですよ。いいと思ったらサッとやる、料理も演奏もそれが大事、ポンポンとやる、著作権は要注意やけど、とにかく即興やから勢いと決断力が大事なんです」
「先生なぜこの料理に生魚入れるんですか!」
「魚はね、血合いとウロコをちょっと落とすくらいで。あんまりくそまじめに洗い過ぎると、鮮度落ちてしまいますから。ミストーンがあったってええんです、勢いが大事。完成度よりグルーヴ優先。あと何でも試してみる、それが大事」
「先生、ウロコを削っているそれ、ギターのピックですか」
「たっぷりの油で揚げるの、家庭では大変でしょう。でもね、少量の油で大丈夫なんです。アンプも家で大音量では無理ですから。それでもね、ええ練習になるんです。小音量でもいいんです。アンプ使いましょう」
「で先生、この謎の料理は何ですか?」
「うーん、何でしょうね、私は何を作ったんでしょうね……あ」
「先生どうしました?」
「もう時間だ。僕、『高田馬場Anything』に行かないと。今日セッションの日なんです。これで失礼します」
その後「きょうの料理」に土井先生が登場することは二度となかったいう。