ジョン・スコフィールドの興味深い洞察を紹介します。DVDのLive in Montreal (1992・海外版) にボーナス収録されている1999年のインタビューからの言葉です。YouTubeに動画があったので貼ってみます。
以下に1:33からの内容(お題は「ジャズの進化について」)をおおまかに訳してみます。
それはビッグな質問だね。ジャズは将来、何処に向って行くのか。知ってたら良かったのにね! 知ってたら僕が一番乗りにそれやっているよ(笑)
いや真面目な話、「進化」はキーワードだと思う。ジャズは進化しなければいけないし、それが自然だ。僕たちは皆、頭(マインド)を捻って何か新しい物を考え出そうとするんだけど、最終的に音楽は自然なものでなくてはならないんだ。
マイルスの音楽がまさにそういう感じだったじゃないか。マイルスのジャズ=ロックは本当に自然な感じだった、彼にとって自分のジャズをあのファンキーなビートとエレクトリック・ベースに乗せるのは本当に自然なことだったんだよ。
多くの人が同じことを知的な方法でやろうとしたけど、マイルスは気持ち良さを基準にした。それは自然な進化だ。(ジャズは)音楽の知的な探求という側面もある、様々なことを考えるからね、でも最終的には、何を書くか、何を弾くか、何がうまく行きそうかは、フィーリングで決めるんだ。
だから進化する必要が、境界を押し広げる必要があるんだよ。だってフィール・グッドなものを求めているんだから。フィール・グッドじゃない時は古くて同じものをやっている時なんだよ。気持ち良いのは「何か新しいことを」をやっている時なんだ。
ジャズはハーモニーもリズムもどんどん複雑化してつまらくなくなった、という批判を耳にすることがあります。しかしそれは複雑化したからつまらなくなったからではなく、複雑化という進化の過程で「気持ち良さ」が失われたタイプのジャズも多分あって、それが批判されているのでしょう。
ジョン・スコフィールドの演奏、人々を熱狂させたあのアウトサイドな感覚は、今となってはハーモニー的には珍しくないとしても、彼の演奏の魅力が色褪せないのは「気持ち良さを基準にする」というマイルス・デイヴィスのアティテュードが彼にもあるからでしょう。
スターンはコーラスを、メセニーはディレイを、ジョンスコはRATを踏んだ。3人ともロック・フュージョン的な要素を取り入れた。「新しくないとダメだ、個性がないとダメだ」と悩み、新奇さを追求した側面もあったとは思いますが、最終的に彼等の音楽が「自然」なのは「気持ち良さ」を忘れなかったからでしょう。
このインタビューでもう一つ面白いのは最後の部分、「新しいことをやらないと気持良くないんだ」という部分です。同じことの繰り返しはつまらない。しかし自然でなければならない。禅問答のようです。新しいことに挑戦し、未開の領域に足を踏み入れつつも、それが自然にそうなった、という感じの演奏。
私達はそういう演奏に熱狂するのだろう、と思ったりしました。