ぼくはとても調子が悪い。どんなに頑張っても、新しい曲のコード進行をすぐに忘れてしまうのだ。
このままではセッションで玉砕してしまうので、ぼくは「ジャズギター診療所」に行った。亜波黒先生という、立派なカイゼル髭を生やしたおじいさんが一人でやっている、町に一軒だけの小さな診療所だ。
「ふむ。曲のコード進行をきちんと覚えられない、というのだね?」
「そうなんです」
「おかしいな。曲のメロディ自体はきちんと弾けると言っていたね。試しにちょっと弾いてみてくれるかな」
少し恥ずかしかったけれど、ぼくは抱えてきたギターで、覚えたばかりのスタンダード曲のテーマをシングルラインで弾いてみた。そのあいだ先生はぼくの運指をガン見していた。
「なるほどわかった!」と亜波黒先生。
「きみに足りないものは、『コードフォームの近くでメロディを弾くこと』だ。『CAGED』を処方しよう。これで少しは良くなるはずだ。少し良くなったら『Drop2』と『Drop3』も服用しなさい。時間があればこの記事も読みなさい」
「ありがとうございます! ところで先生、『CAGED』って何て読むんですか」
「ケイジド、と読むのさ」と亜波黒先生は立派なカイゼル髭をいじりながら言った。
「ギターを始めたばかりの頃、基本的なコードフォームを習っただろう。5弦3フレットがルートのCコード。6弦開放で543弦が2フレットのAコード。ああいうやつ。GとEとDもあっただろ。Dは4弦ルートの、あれだ。もう一度服用しなさい」
『CAGED』と『Drop2』と『Drop3』を服用するようになってから、ぼくの頭の中でテーマメロディとコード進行が結びつくようになったのだった。そしてセッション中にロストすることも少なくなった。亜波黒先生どうもありがとう。