タブログが逮捕された。深夜の渋谷センター街でフランス人ギタリスト、ノエル・アクショテの「ポワン・ゼロゼロ」をスマホで視聴しているところを現行犯逮捕された。公的空間でのフリージャズ鑑賞は猥褻物陳列罪に相当する。
その後の家宅捜索でタブログのギターケースからはドラムのスティック、麻ひも、皮ひも、バイオリンの弓、E-BOW PLUS、ラジオ、ピックを装着したスピナー、LINE6 DL4、銀紙、針金、ブラシ、消しゴム等も押収された。いずれもギターの特殊奏法のために使用されたようだった。
奏法警察フリージャズ捜査一課の取調室で、タブログは石塚刑事と藤堂係長に詰問されていた。タブログの幼馴染で学生時代には共に音楽の道を歩んでいた石塚が、あらためて旧友を問い詰める。
「お前…お前に何があったんだよ!? 何故こんなものでギターを弾いたりするんだよ!」
石塚の目には涙が浮かんでいた。友が落ちぶれた悔しさからくる涙だった。
「ギターは指かピックで弾くものだろうが。指とピック、どっちがいい音するかな、って、学生のころ俺たちは夜通し語り合ったじゃないか、それを…貴様!」
「フン」とタブログは石塚を小馬鹿にしたような目で眺め、悪びれずに言い放つ。
「ギターはなぁ…スティックで叩くと、わりといい音がするんだぜ…」
「こ、この野郎!」
「おいゴリ、よせ」と藤堂係長が割り込む。
「お前ら、むかしジャズ研で一緒に練習した仲だって言ったな。何か1曲やってみろ。2人で『枯葉』でもやれ。何か手がかりがつかめるだろう」
石塚は少し当惑した様子を見せたが、タブログにES-175を渡した。石塚もネクタイをゆるめ、憎々しげにタブログを眺めながら175を抱えた。
「タブログ、テーマはお前が弾け。俺が援護する。いいか、俺をガッカリさせるな。イントロは俺が弾く、わかったな?」
タブログは返事をしない。石塚は構わず『枯葉』の最後の8小節を使ってイントロを弾き始める。
そして今まさにテーマが弾かれようとするとき、タブログは机の上にある、銀色の金属製の灰皿を目にも留まらぬ速さでサッと手に取り、弦に近付けようとした。
その時取調室に、一発の銃声が響いた。
タブログは胸を押さえながら、ギターを抱えたまま椅子から床に崩れ落ちた。同時に銀色の灰皿も床に落ち、ガシャーンという金属音が鳴り響く。
石塚はES-175を首から下げたまま、ニューナンブM60を両手でホールドしていた。銃口からは煙が立ち上っている。タブログを撃ったのは、石塚だったのだ。
「タ、タブログ…」石塚はそう呟き、拳銃とギターを捨て、床に横たわるタブログのもとに駆け寄った。
「タブログー!バ、バカヤロウ…取調室の中で新たに犯罪行為を犯そうとするなんて…なんてことをするんだよ!何故俺に撃たせたんだよ…ウッ」
藤堂係長は口を軽く開き、無言で石塚を眺めている。やがて石塚は立ち上がり、言った。
「ボス、見たでしょう。犯罪を未然に防ぐためにはやむを得なかった。灰皿で弦を叩こうなんて…」
「おい、後ろを見ろ」と藤堂が呟く。
振り向いた石塚の目に見えたのは、立ち上がっているタブログの姿だった。タブログはバッとジャンパーを脱いだ。下には防弾チョッキが現れ、そこには石塚が放った銃弾がめり込んでいた。
「な、なっ…」狼狽する石塚。
「石塚。俺は大音楽警察・特別監査室のタブログだ。最近このあたりで特殊奏法をする演奏家が次々と失踪している件を調べていたんだ。渋谷センター街で捕まったのは、おとり捜査だ。石塚、まさかお前が公権力の濫用でマイノリティを排除する、サイコパスのシリアルキラーに成り下がっていたとはな…」
「おい石塚、お前はやりすぎた。臭い飯、食ってこい」と藤堂。
ぐっと拳を握って歯を食いしばり、下を見つめている石塚を、タブログは無言で見ている。やがて石塚が言った。
「俺は、認めない…認めるもんか!ギターってのはなぁ…ギターってのはなぁ、指かピックできれいな音を出すものなんだよ!お前に、お前なんかに俺の気持ちがわかってたまるか!指かピック以外で弾くなんて、そんなのギターとは呼べないんだよ!」
するとタブログはシャツのポケットから透明な筒状の物体を取り出し、石塚にぽーんと放り投げた。受け取った石塚が、呟く。
「こ、これは…」
売り上げランキング: 2,455
「アーニーボールのスライドだ」とタブログ。
「石塚、忘れたか。学生の頃、俺達はブルースごっこをしただろう。お前はそれを指にはめ、楽しそうに弦の上で滑らせていた。あの頃の純真な心を、お前はどこにやった。お前はいったい何処でそんな汚れた人間になった。自由な心を、何処でなくした」
「はは、タブログ…俺、どこで道を踏み外したかなぁ…」
藤堂係長が石塚に手錠をかけ、肩をポンポンと叩いてから黙って取調室を出ていった。タブログは旧友に涙を見せまいと、レイバンのサングラスで目を覆った。