YouTubeには参考になるありがたい動画(演奏解説など)がたくさんあります。そうした動画を観た後、私は大体「高く評価する」を意味する「上向きの親指」をクリックします。しかし数百件の高い評価があるような動画でも、「下向きの親指」がポツポツと押されているのがわかります。500人が親指を上げている中、1人か2人が親指を下げている。
そういう情景を前にして「この動画、わざわざ低評価を付けた人間はどういう気持だったんだろうか」と素朴に疑問に思うことがあります。
- 自分が期待していた内容ではなかったことの意思表示として下向きの親指を押した
- 動画配信者にとても人気があって目立っていて悔しいから下向きの親指を押した
考えられる理由はそんなところでしょうか。このうち「自分が期待していた内容ではなかったことの意思表示」については、一応理解できるところもあります。
以前「ロシアに巨大隕石が墜落した」というのでその映像を見たいと思いYouTubeを検索し、サムネイルにそれらしい画像があるのでクリックしたところ「ロシアに巨大隕石が落ちました!!すごいですね!!!」みたいな白や黄色の文字が黒バックに流れるだけの動画にぶち当たってしまい、「貴様、俺の時間を返せ!」と思って「下向きの親指」を押したことがあります。
何か必死である情報を探していて、そういう広告収入目当ての超低品質動画に遭遇してしまった時は、ふざけんなーという気持ちで「下向きの親指」を押してしまう。そんな気持ちもわからないではありません(でも、そういう場合は「その他」の「報告」からスパムとして報告するのが筋なのだろうと思います。面倒臭いけど)。
しかしギターの教則動画等で、そこに自分が探し求めていた情報がなかった、良い体験を得られなかったからといってサムダウンするというのは、何か微妙に間違った行為ではないのか。リアルの世界でギターを習いに行って「今日のレッスンは不満でした」などという意味で講師に下向きの親指を突き出す人間はいない。でもやっているのはそういうことと一緒。
無料で見られるYouTube動画の場合、もしその動画が自分のテイストや気分と違っていたのなら、「ただ見るのをやめれば良い」と思うのですが、あえて「下向きの親指を押す」というワン・エクストラ・アクションを入れてくる人の気持が私にはよくわかりません。というか、貴重なエネルギーを無駄にしているな、と思います。
インストラクション系だけでなく、演奏記録の動画についても同じ。パット・メセニークラスの人の動画にも信じられない数の下向き親指が押されていることがあります。好みの違いがあるのはわかります。でも好みが違っていたら、やはり視聴をやめれば良いだけで、あえて「下向きの親指を押す」というワンアクションを追加する必要はないと思います。
「人気があって目立っていて悔しいから」下向きの親指を押すというのは、一言で言えば嫉妬心。それは自分自身が注目されていないとか、俺はあいつよりすごいはずなのに何故評価されていないのか という不満の裏返し。
さらに一歩踏み込んで悪意に満ちたコメントを付けてくる人までいますが、読んでいて共通するのは結局「俺のほうがすごい」と言いたいだけ、ということが多いです。「競争」という原理が背景にあるのだと思います(音楽は競争とは全く関係がないのに。音楽は自分や他人との対話であって、競争とは関係がない)。
真っ当な内容の動画に対して下向きの親指を1回クリックするエネルギーがあったら、1回でも多く弦を弾いたほうが良いはずだ。何かストレス解消みたいに下向きの親指をクリックしている人は、どんどん楽器も下手になるはず。悪意を持って他人を攻撃していると、間違いなく自分のメンタルが破壊される。脳細胞が減ったら指なんかもう動かない。
メーカーが自社製品の改良を目的として下向きの親指もフィードバック的にもらいたい、という状況はありだと思うのですが、音楽や音楽家の発言を「サービス・消費財」として捉えていいのか。それは違うだろう、と思うのです(関連記事:音楽家とサービス業)。
ここまで読んでなお「フン、お前が何と言おうと俺は下向きの親指を押し続けてやる。ケッ」と思ったモニター前のあなた。あなたが下向きの親指を1回クリックするたびに、指を動かす脳神経細胞が100億個死滅する呪いをかけました。だからもう意地悪はやめるんだぞ(笑)。その下向きの親指、それは自分自身に突きつけられているんだから。