ジュリアン・ラージが昨年(2016年)4月にラジオ番組で行われたインタビューの中で、左手を痛めた話をしていました。長いのですが、興味深い内容だったので要点をまとめてみました。なお英語でのインタビュー文字起こしは Jazz Guitarist Julian Lage On ‘Arclight’ And Shifting Musical Genres で読めます。
最後のほうの “That’s Julian Lage playing his song “Day And Age” from his last year’s acoustic solo album…” あたりからこの話題になります。下のプレイヤーで、18:39頃からその部分のジュリアンの肉声を聞くことができます(イイ声してます!)。
- 左手を吹っ飛ばして(blew out)しまった。3〜4年前、カリフォルニアのショーで弾いていた時、左手が痙攣した後、言うことをきかなくなった。とても強くグリップしていたので指が完全にコントロールを失ってしまった。
- そんなことは全くはじめてで、なんてこった、僕は何をやってしまったんだ?と思った。そのショーは薬指と小指だけでなんとか乗り切った。ステージを降りると左腕がだらんとしていた。そちら側の神経を完全にショートさせてしまったように感じた。医者に診てもらってMRIを撮ってもらったりしたが、これといった神経の損傷は見当たらずはっきりとした原因はわからなかった。
- それって「局所性ジストニア」(focal dytonia)っぽい症状だね、と周りの人が言いはじめた。神経症状の一つ。簡単に言うと、脳が同じ活動を何度も繰り返しやるように命じられるとーたとえばタイピングとか、ピアノとか、ギターを弾いたりとかー、脳はもっと効率良くなろうとすることがある。その結果、人差し指にひとつの信号、小指にひとつの信号を送るかわりに、脳はこんなふうに言うんだ、「なんだ、全部同じ場所に信号が行ってるじゃないか。ならこれらの信号を束ねてしまおう」。
- その結果、手がまるで1本の巨大な指になったか、2本しか指がないように感じることになる。手に指が5本あることが感じられなくなる。退屈な練習を何年も続けてきたんだろう、脳がおかしくなっても無理はないよ、と言われた。
- ギターについての思い込み (beliefs) を常に再検証しないといけない。ギターについてこれまで自分が持ってきた考えは、今の自分にもあてはまるのか。ミュージシャンはこういう更新作業をよくやる。僕がこれまで一度も振り返ってこなかった最大の事は、僕が「力」をどう捉えてきたかということだ。
- 5歳の時、ギターは僕よりも大きかった。そのためギターを弾くには、ギターに抱きつくようにして、大人のような音を出すために力を入れなくてはならないと思い込んだ。左手も右手もギュッと力を入れていた、一つはきちんとした音を出すために、そしてもう一つは、ギターを落としてしまわないように。
- そして考えてみた。僕はその頃よりも背が大きくなったし、力も付いた。自分はそういう変化を上手に使っているだろうか。それともギターがまだ自分の3倍の大きさであるかのように握っているのか、と。
- そうしてまずはじめたのが、プレイをやりなおす練習ではなく、ギターをどうやってバランスよく持つかという練習。ここに座る、膝にギターを置く、そしてギターが落ちるまでどの程度身体を傾けられるか試して見るんだ。
- ギターがずれはじめると、身体がこわばって腕がヘンな感じになるんだ。この時、一音たりとも弾いていないんだよ。もうちょっと身体を傾けて、ギターが落ちそうになったらキャッチする(という練習をした)。カウチのそばでそれをやる。カウチにギターが落ちるのに任せる。ギターを放し、それをもう一度掴むというのが(リハビリの)第1段階。
- 第2段階ではとても基本的なテクニック面を見直した。フラメンコとクラシックの素晴らしいギタリスト、ファニート・パスカル (Juanito Pascual) とジェラルド・ハーシャー (Jerald Harscher) もこの症状を経験していて、彼らに救われた。いちばん大きかったのは、子供のとき僕は左手を、オレンジを持つように、ギターに触るんだと教えられていたということ。
- 左手でアルファベットのCのようなシェイプをつくり、(ネックに)圧力をかけていた。でもこの2人の先生は、手が実際にどう動くものかを教えてくれた。そして手がほとんどギターに潰れるような持ち方を教えてくれた。だからいま僕は、左手をネックに押し付けるようにしている。戦闘機のパイロットが正確にターゲットを撃つ時のような感じじゃなくて。大きい意味で正確さを放棄したんだけど、皮肉なことに、このおかげでより大きい正確さを得ることができたんだ。
このインタビューは新作 “Arclight” の成り立ちについての部分もかなり面白いのですが、この局所性ジストニアについての話ではジュリアン・ラージの秘密に触れたような気がしました。
ラージのあの躊躇のない、クリアで輪郭のはっきりした(そして時々デカイ)音。あれは子供の頃に、小さい身体だけれど「大人に負けない感じの音」を出そうと頑張った結果なのでしょう。それが彼の魅力的な音色と楽器の完璧なコントロールに繋がった。そして皮肉なことに、それは局所性ジストニアに繋がることにもなったのでしょう。
ただ最近のラージの左手のフォーム(下の動画は2016年6月4日撮影)と、LAで左手が痙攣する以前のフォームをいくつか見比べてみたのですが、私には極端に大きく何かが変わっているかは判別が付きません。恐らく力のかけ方、脱力具合はかなり変わっているのでしょう。
この「局所性ジストニア」の話で特に興味深かったのは、次の箇所でした。
同じ活動を何度も繰り返しやるように命じられると、脳はもっと効率良くなろうとすることがある。その結果、人差し指にひとつの信号、小指にひとつの信号を送るかわりに、脳はこんなふうに言うんだ、「なんだ、全部同じ場所に信号が行ってるじゃないか。ならこれらの信号を束ねてしまおう」。その結果、手がまるで1本の巨大な指になったか、2本しか指がないように感じることになる。手に指が5本あることが感じられなくなる。
In a nutshell, it deals with the fact that your brain, if asked to do a certain activity so many times repeatedly – like, you know, typing, playing the piano, playing the guitar – the brain can start to almost try to become more efficient. And rather than giving you, you know, one kind of signal for your index finger another signal for your pinky, your brain will say, hey, we’re – it’s all going to the same place. Let’s kind of combine those.So you end up feeling like you have one big finger or you have two fingers. You don’t feel the five digits of your hands.
私達が何のために楽器を練習しているかというと、ある意味、脳に効率的な動きを覚えさせる、という面があると思います。脳というのはもともと怠け者で、高い効率を求めます。最小の労力で最大限の効果を得ようとする。だからこそ、良い練習をたくさんやれば、誰でも少しづつギターが弾けるようになってくる。脳がどうやれば効率的に弾けるかを学習するから。同じ内容を死ぬほど繰り返していれば大抵のものは、個人差はあっても、遅かれ早かれ、弾けるようになる。
しかしそれがある閾値を越えてしまうと、脳は「わっはっはっ、いつも左手の指をガシガシ動かしてるなー、この複雑な動きにも慣れてきたけどさらに効率的にしてやるかー。このバラバラの信号をまとめて一回で送信しちまうかーワハハハ」というハイパー怠け者になってしまい、手が痙攣する、ヒューズが飛ぶみたいに神経回路が飛ぶ、ということが起こるのでしょう。
腱鞘炎のような筋繊維面での怪我も気を付けないといけないですが、この「局所性ジストニア」という症状はどうも「上達すること(効率良くなること)」と表裏一体の関係にある症状のように思えるので、恐ろしいなと思いました。でもジュリアン・ラージ、これを乗り越えてさらにミュージシャンとして成長してしまったのでしょうか。
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