いまYouTubeには数多くの素晴らしい演奏動画があるのですが、あるミュージシャンとその音楽について、映像も音も解像力の低い動画から伝わるものは非常に限定的だと感じています。YouTubeで「いいな!」と思ったら大体音源を買って聴くのですが、ほとんどの場合こう思います。「この人の魅力はYouTubeではわからない!」と。
そしてライブに行くと今度はこうも思います。「この人の魅力はCDやmp3だけではわからない!」と。演奏家の最良の瞬間をキャプチャーすべく制作されているCDにも、勿論ライブでは味わえない価値があるのですが、いちばん良いのはきっとライブ。
しかし昨年暮頃にリリースされたギタリスト・松原慶史氏の “Solo Guitar on P.D. and more” は、YouTubeやCDはおろかライブでさえ味わえないかもしれない何かがある、変わった立ち位置のオーディオビジュアル作品なのでした。
松原慶史 “Solo Guitar on P.D. and more”
このオーディオビジュアル作品の何が特異かというと、まず画質と音質。2台のカメラで、フルHD(1080p)で撮影されているのですが、カメラワークはギタリストの矢堀孝一氏によるものらしく、ギタリストが最も気になる松原氏の「手の動き」が絶妙な具合にズームアップされたりします。
カメラのうち1台は松原氏を右側から固定位置で撮影。左側からはマニュアルで臨場感のある構図・画角で撮影され、それらが巧みに編集されています。視覚的にはライブでさえ一時には味わうことができない体験です。録音は96kHzのハイレゾリューション・オーディオ。収録時間は約33分ですがデータ容量は2.5GBにも及びます。
例えばMy Music Masterclassで配信されている約30分の教則動画はハイビジョン720pで容量が263MB。”Solo Guitar on P.D. and more” は約10倍のデータ容量。この解像力のすごさは実際に視聴するとやはり圧倒的なものでありました。録音のセッティングもかなり詰められた臨場感溢れるもので、時には松原氏の呼吸が聴こえるほどです。
と、ここまではこの作品のハードウェア的なスペックというか技術的な話。この作品で私が本当にすごいと思ったのは松原慶史さんのダイナミクスのコントロール。それがどれだけの水準のコントロールなのかが、高音質録音によってさらにわかるのです。かりにYouTubeでわかるのがメッツォ・ピアノ (mp) からメッツォ・フォルテ (mf) までのレンジだとすると、この作品では下がピアニッシシモ (ppp) まで拡大されるような印象。
こういう体験は、勿論ライブでも可能なのですが、ハコの環境によってはここまでの聴覚体験は得られないはず。その意味で、実はライブでさえフルには体験できないかもしれない松原氏の技術、楽器のコントロール、それが紡ぎ出すメロディを存分に味わえるのです。ミュージシャンその人に迫るドキュメンタリーと言っても良いくらいです。
使用機材はGibson ES-335, Ibanez PM2, Ibanez GA37STCE(記事あり)。つまりセミアコ・フルアコ・エレガットの3本で、収録曲はパブリック・ドメインの楽曲5曲と松原氏のオリジナル1曲。松原氏のソロ・ギターは「時の流れの生み出し方」が何とも独特で、どういった経緯でこうした表現に辿り着くことができたのだろうと思います。
氏の超絶技巧も存分に味わえるのですが、個人的にはこの時間の流れ、たぶん世の中で「タイム感」という言葉で呼ばれているものに感動しました。あと「メロディでないものが全くない」のがすごすぎます。「メロディが歌っている」のは勿論、先述した「タイム」にも歌心を感じるのです。この歌心、メロディセンスは圧倒的の一言。
ジャズ的なギターの上達を目指している私のような者にとっては、松原氏の手の動きを ガン見 できるのも大きい付加価値です。手の動きからミュージシャンの思考や意識が読み取れるような気がするからです。そして これをずっと観ているだけで上手くなるんじゃないか という錯覚に陥ります(※練習もしないと上手くなりませんw)。
雰囲気も独特。松原氏が一見激しいプレイをされていても音はリバーブの効いた柔らかいもので、全体がECM的な静寂の雰囲気に包まれています。まさにドキュメンタリー映画を観ているような感覚。30分観終わると最後のクレジットタイトルがまるで映画のそれのように見えてくるほどです。そして何度も何度もまた観たくなります。
- 松原慶史〜Solo guitar on PD〜動画 USBメモリー版(購入サイト)
- 松原慶史 Solo Guitar on P.D. and more(アーティストによる解説)
- Virtuoso 赤坂(撮影されたお店)
ところで私は動画を視聴する際パソコンよりも大きい画面で見たいので、Chromecastというデバイスを使用してテレビにデータを飛ばして見るのが好きです。Mac OS X(El Capitain)上のChromeというブラウザでファイルを開き、そのタブをキャストするという特殊な方法で見ることが多いのですが、何故かこの作品は音にノイズが入りました。
音量レベルが上がる時にノイズが発生するのですが、原因不明(そもそもChromeはH.264に対応していないし、2.5GBものファイルを開くことは想定されていないだろうから無理はないかも)。勿論、QuickTimeのような動画プレイヤーで見る分には何の問題もなし。ただしキャストができない… と悩んでいたところ、解決策がありました。
AirflowというChromecast対応のMac用フリーアプリで再生・キャストしてみたらノイズ問題から解放されました。しかもブラウザのChromeで再生するより画質も断然良いのでオススメです。似たような問題を経験された方は試してみてはどうでしょうか。