2017年が幕を開けた。ぼくもまた多くの人々と同じように、今年1年の世界人類の平和と繁栄を祈願するべく、初詣に出かけた。東京の浅草寺は人で溢れかえっていた。しかし、ぼくにはよくわからないことがある。お祈りは神社で行うものだと思うのだが、人々が参拝しているのは浅草寺というお寺なのである。一体これは何故なのか。
どうでもいいことは気にするな…大切なのは、行為が本質を突いているかどうか、それだけだ…
隣を見るとマイルスがいた。確かにそうだ。お寺と神社の関係はよくわからないが、とにかくここでは人が祈っている。祈願という行為が大切なのだ。
ところで連中は何をやっている?行列をつくり、金属製の角ばった筒をシャカシャカ振っている…ラテン・パーカッションで使う「カバサ」のような音だ…
あれはね、「おみくじ」だよマイルス!この国ではお正月に神社でおみくじを引いて、将来の運を確かめるんだ。今年が良い運勢なのか、まあまあなのか、あまり良くないのか、そうしたことがわかるんだ。
Oh, what the fxxk is that…? 何だと…? つまりお前は…自分の未来をシャーマンに占ってもらうのか…? お前の未来はそのシャーマンが言った通りものになるのか…? それは決定論という思想だ…決定論者のジャズ・インプロヴァイザーとは、皮肉な話だ…
ぼくは新年早々面倒くさいことを言うマイルスが少し鬱陶しくなってきた。おみくじを引いたっていいじゃないか。これはぼくの毎年の愉しみなのだ。おみくじを引いて一喜一憂するのを愉しむのだ。マイルスのような偉人には、ぼくのような庶民のささやかな愉しみが理解できないのだーーぼくはマイルスを無視しておみくじを引いた。
ふん、どうだったんだ、お前の運勢とやらは? ガムを噛みニヤニヤしながらマイルスが聞く。「吉」だよ。結構いいことが書いてある。これは最高の運勢である「大吉」ではないけれど、今年一年に希望が持てそうな、わりと良い運勢なんだ。ふうん、なるほど、そうか…とぼくはおみくじの内容を読みながら説明した。
さておみくじも引いたので、どこかでお酒でも飲んで温まろう。さあマイルス、飲みに行こうぜ!ーーだがマイルスは動かない。ガムをクチャクチャ噛みながら、金属製の筒をカバサのようにシャカシャカ振る人々を興味深そうに眺めている。そして言った。
お前がどうしてもというのなら… そのおみくじというやつを、俺もひいてやってもいい… この俺にとって未来とは与えられるものではなく、自分の手で切り拓くものだ… だから怪しげなシャーマンの占いなどは不要だ、だがお前がどうしてもというのなら、おれもあのおみくじというものを試してやってもいい… 異文化に敬意を払うことは、大切だ… どうしてもというのなら…
要約するとマイルスもおみくじを引いてみたいということだった。マイルスのこの素直でないところがぼくは好きだ。ぼくはマイルスに100円玉を渡した。マイルスはブラジル音楽のようなリズムで金属製の角柱をシャカシャカ振った。そして…
この意味を説明してくれないか… この古代中国語と古代日本語には、どんなメッセージが込められている… そして俺は「ダイキチ」か…?
まずい、とぼくは思った。本当のことを説明すればマイルスは激怒し、おみくじのことをさらにこきおろすに違いない。ぼくは咄嗟に嘘をついた。そうだよマイルス大吉だよ、さすがマイルスだよ、今年は何もかもがうまく1年で…
おい、やめろ。お前は俺に嘘をついている… なぜなら裏側に英語の説明があるからだ… No.52 BAD FORTUNE… Your request will not be granted… The person you are waiting for will not come… 願望は叶いにくく、待ち人は来ない… 何か間違ったことが起こり、災いが訪れ、法廷に引っ張り出され…
おいマザー・フ◯◯カー、お前の小銭を全部俺によこせ
ぼくはマイルスにありったけの100円玉を渡した。マイルスは何度もおみくじを引いた。何度も何度も引いた。そして何度も何度も「凶」を引いた。途中でマイルスは「この寺は『キョウ』が多く出るようだ… 何か 不自然な操作 が行われていないか、調べたほうがいい…」と興味深い見解を述べた。だが、ついに「その時」はやって来た。
おい、『ダイキチ』が出たぞ… 「太陽は輝き、天の祝福を受けるでしょう… あなたは名声を得、全ての願いが叶えられるでしょう…」
そうか… こういうことか… これが「おみくじ」か…
いいか、もう一度言っておく… 占いなどに頼るな… お前の未来を他人に評価させるな… お前の未来は、大吉は、自分の手でつかみ取れ… いままさにおれが『ダイキチ』をつかみ取ったように… わかったか?
「…」
気分を良くしたマイルスが「お前にコリアン・バーベーキューをおごってやる」と言うので、ぼくたちは吾妻橋近くの「伊藤課長」に入った。そこで食べた「壺漬けハラミ」はとてもおいしかった。「伊藤課長」はチェーン店だが、提供される食事も接客も質が良い。
おい、ところでお前のおみくじはなんだった? もう一度聞かせてくれないか…
「キチ」だよマイルス。「吉」。Good Fortuneさ、上から2番目にいい運勢さ。
そうか… 『キチ』か… フム… 俺は『ダイキチ』、The Best Fortune、つまり最高の運勢だ… フフ… さあ、たらふく食え… なんだその目は… Com’on man, これを食おう… もっとビールを飲め…
ぼくはもう来年からおみくじを引くのをやめようと思った。