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日本人ジャズ系ギタリストの音源を聴く(3):田中裕一 “I’m happy, walking down “jalan”.”

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「日本人ジャズ系ギタリストの音源を聴く」というテーマでマイお気に入り音源について綴るこのコーナー、第3回は田中裕一氏の「I’m happy, walking down “jalan”」というアルバムについて書いてみます。なお前回の記事はこちらです:

田中裕一氏は東京を中心に活動されているギタリスト、現在まで5枚のアルバムを発表されています。今回ご紹介するマイ・フェイバリット・アルバム「I’m happy, walking down “jalan”」は2014年に発表されました。ちなみに “jalan” はインドネシア語で「道」の意で、タイトル曲にはガムランのペンタトニックが使われているそうです。

jalan

田中氏のアルバムはデビュー作の “A HILL OF THE SUN” も愛聴盤なのですが(私はベースの織原良次さんのファンでもあるので二重に嬉しいアルバムなのです)、今回は「I’m happy, walking down “jalan”」というこの謎めいたタイトルのアルバムに絞って書いてみたいと思います。

普通のジャズのイディオムを何らかのフィルターを通さずに使うということをしないという点で、田中氏はやはり日本の新世代ギタリストのお一人なのであろうと確信するアルバムです。「ジャズ」という言葉で誰もが反射的に持ってしまうようなダークなイメージ、激しい対話型の即興といった世界からも距離が置かれているように感じます。

音楽について言葉で表現するのは不毛なので、不毛ついでに誤解を恐れず書くと、これは「顔の見える生産者さん」による手作りの野菜を道の駅で買ったところ、とても瑞々しい野菜であった、という感じのアルバムなのです(やばい… こんな完璧に喩えがキマることは滅多にない… 多分これは誰にも伝わった… 今日の俺は冴えている…)。

機能感の希薄なコードを多用した浮遊感のある明るいイメージの曲も好きなのですが、私のお気に入りは “Elvis Song” や “Filament” のような、リリカルかつメランコリックなナンバー。 松岡美弥子氏の鍵盤ハーモニカとのマッチングも素晴らしく聴き入ってしまいます。曲の展開も意外性のあるものが多く、まったく飽きません。

田中氏のギターは、誰に似ているのか私にはわかりません。あえて挙げるとするなら、ギターや音楽との関わり方においてビル・フリゼルが近いのかなと思ったりもします。とにかくメロディが大事だと言い続け、かつギター独特の表現の魅力が感じられるフリゼルの音楽が好きな人なら、田中氏の音楽はきっと胸に響いてくると思います。

心に残るキャッチーなメロディを大切にするという意味ではジム・ホールの流れも汲んでいるとも言えましょう。また氏のギターはコードが素晴らしく「ギターはコード楽器である」ことを再確認させてくれます。シンプルなコードでも丁寧にボイスリードさせることでとても美しくなるんですよね。そういう美しさを氏の演奏に感じます。

何かに似ているようで何に似ているかわからないという点では、私の中では rabittoo に近い位置にあったりもします。独自の世界観を確立しているという点では Libstems を思い出させます。ジャズから生まれながらも新しいタイプの音楽に育っている感じが共通しているのかもしれません。ジャズ育ち。でもジャズから自由な音楽。

ギター・ソロでも何処かで聴いたことのあるフレーズはまず出てきません。それどころか “Softly as in a Morning Sunrise” ではジョン・ゾーンもびっくりのエギゾチックな音使い。曲名にしても独特な言語感覚が光り、普通のコンビニの棚にはきれいには収まりそうもない、そんな型にハマっていない不思議な存在感のあるアルバムなのです。

コンビニに整然と陳列されたサンドイッチやおにぎりは、もうたくさんだ。音楽に関してそんな感想を持ちはじめている人には、是非聴いてもらいたい1枚なのであります。


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