ジョン・ダミアンという人の著書にギタリストのための作曲とインプロヴィゼイションの手引という本があります(私のは英語版)。これは すごい名著 だと思うのですが、その中で “Fireworks!”(花火)という言葉で紹介されている技法があります。
夜空に打ち上げられた花火は、次第に消えゆき、最後は闇に溶け込みます。そんな感じで、任意のフレーズやリックから音を一つづつ消去していきます。文字を使って例えるとこうなります(この場合は先頭から):
うつくしい
つくしい
くしい
しい
い
これをフレーズでやります。先日Pasquale Grassoの教則動画を見たのですが、彼もこの「花火」と似た練習方法をメジャースケールを使って説明していました。フレーズはどこからでもはじめられないと困るからこれをやったほうがいい、とのことでしたが、この練習はそれ以上の結果を得られると思います。
“Donna Lee” の11〜13小節っぽいフレーズを使って実践してみます(想定コードはAbMaj7-F7-Bb7。ポジションは何処でも構いません)。「花火練習」は最初こういう音数の多いフレーズ、バップチューンのテーマを素材にするとわかりやすいと思います。
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フレーズの先頭から音を一つづつ消して弾く練習をします。大きいフレーズを分解して練習した経験がない方は最初難しく感じるかもしれません。この時点ではフレーズの雰囲気は大きく変わらないのですが、先頭の音が違うだけで印象は少し変わります。下の譜面の手順で、最後の一音になるまで音を減らしていきます。
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上のような練習をするとフレーズを途中から弾けるようになるのは勿論、フレーズの改造(エディットやディスプレイス)がしやすくなります。休符でスペースが増えた分、残った音を自由に動かしやすくなるのです。下の譜面は、上段が「花火」で音を減らした元のフレーズ。下段がそれをベースに先頭の譜割りを変えたフレーズ。
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もう一つの例です。下の譜面は、上段が「花火」で音を減らした元のフレーズ。下段がそれを改造したフレーズですが、次の小節の頭を食っています。こんな風にフレーズのバリエーションを無限に増やせます。最終的には音を置き換えたり、この記事の主旨とは違うのですが、休符の部分を別の音で埋めるのもあり。何でもあり。
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上の例では、2小節目はほぼ元の塊が残っているのですが、この考えを推し進めて音数を減らしてくと下のようなフレーズにも。引き算を重ねて、少ない音数で歌い上げるようなフレーズが出ます。使っている音は元のフレーズと全く同じ。1コーラス目をこんな感じで自然に歌っている感じのアドリブ・ソロ、私は好きです。
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テーマのフェイクにも活躍するツールとも言えますね。元々音数の少ない長玉中心のテーマだと音を減らすだけではうまくいかないかもしれませんが、「音を消去する」操作に慣れると「そこに別の音を置く」のが容易になってきます。
モチーフを有機的に展開させる上で便利なアプローチとも言えるのでしょう。テーマのメロディを活かして少しづつ音を置き換える。やがてそこに自分の知っているフレーズや伝統的なフレーズが自然にブレンドしてくれば… それはきっと美しいアドリブになるのではなかろうか、と思って私は練習しています。
8分音符や16音符がたくさん続くような長いフレーズ、道下和彦先生の名著ギター無窮動トレーニング 効果絶大のノンストップ練習に応用するのも効果的だと思います。
まとめると:
- 元のフレーズから音を消していく練習をします
- 元のフレーズをどこからでもはじめられるようになります
- 元のフレーズが違って聴こえます(バリエーションが増える)
- 音を消して生まれた空間で、譜割りを変えてフレーズをさらに改造できます
- どんどん音を減らしていって、リリカルなメロディを作ることもできます
- そして気が付くとこの人の世界に!!
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自分のアドリブが自然でないとか、いつも同じフレーズを弾いてしまう、と感じた時にやってみるのも良いと思います。音を消す操作は慣れが必要で、脳が疲れる良い練習だと思います。大きいものを細分化する行為なので耳の解像力も上がり、耳コピー能力向上にも。モディファイしていくのはクリエイティブな行為なので楽しい。
そして、アドリブのための素材は実は既にそこにある、テーマのメロディの中に既にある、他所から持ってくる必要はないんだ、ということに改めて気付かされます。地味ですが、良いことづくめの練習ではないでしょうか。