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無免許でジャズを乗り回す男たち

その夜、俺はいつものように「池袋Outro」で見知らぬミュージシャン達と深夜のジャム・セッションに興じていた。カーラ・ブレイのとある難曲を無事に乗り切った俺たちに、プレイヤーでもある観客たちが拍手を送る。

いまのは良かったよ、これからも頑張ろうぜ、とガッチリ握手しお互いを励まし合う俺達。

その時だった。店の扉を乱暴に蹴破り、2人の警官が入ってきた。腰の拳銃と警棒に手を当てている。店の空気が凍りつく。ガムをクチャクチャ噛みながら、1人が俺に近寄り、こう訊いた。

「免許証を見せろ」
「め、免許証?」
「そうだ。ジャズを演奏するには免許が必要なことはわかっているだろう。はやく出すんだ」

俺はドラマーの刃龍、ベースの高円、ピアノの瞑流堂のほうを見た。彼等は目をそらし、俯いて黙ってままだ。見捨ててすまない、だが俺達も巻き込まれたくはないんだ、と言いたげだ。警官達が用があるのは、どうやら俺だけらしい。

「免許がなければ、逮捕することになる。バークリー、ニュースクール、洗足音大、どれでも構わない。ジャズ免許証を見せるんだ」

俺は音楽学校で勉強したことがない。俺の師匠も音楽学校は出ていない。俺のアイドル・華亜人もバークリーを中退している。

「免許は、ない」

警官たちは顔を見合わせ、おい、本当かよ、という感じで嫌らしく笑った。

「念のために聞くが、新堀ギター教室の免許は持っていないか?」

「持ってない」

ハーッハッハッ、と2人の警官は笑い、手錠を取り出した。万事休すだ。全くついてない。演奏はエキサイティングだったのに、最悪だ。

その時、警官の後ろの壁に張ってあるポスターの男が目に入った。ウェス・モンゴメリーだ。

警官たちがゆっくりとこちらに近付いてくる。

俺はピックを床に投げ捨て、おもむろにウェスの”I’ve grown accustomed to her face”を親指で弾いた。”Full House”収録のウェスによる演奏の完全コピー。ギターでジャズを弾く人間で挑戦したことのない者はいないとされる名演だ。俺も例外ではない。目を閉じたままでいつでも弾ける。

ドラマーの刃龍、ベースの高円、ピアノの瞑流堂も途中から演奏に参加してくれた。曲が終わると、2人の警官は無表情にこう言った。

「今日のところは見逃しておいてやる。だが次はないぞ。無免許者がパブリック・プレイスで過度のアウトフレーズを演奏することは禁じられている。しかもリズム感が悪い場合はなおさらだ。あと今みたいな曲は、穴の開いたギターで弾くように」

「次からは気をつけます」と俺は答えた。

ウェス、ありがとう。あんたのおかげで、逮捕されないで済んだよ ――


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