ロシアの作曲・アレクサンドル・スクリャービン(1872-1915)を集中的に聴いていたら、この人について書いてみたくなりました。
この人は相当な変わり者で、共感覚の持ち主であったせいか、作品の中には「鍵盤を弾くと特定の色を映すように」とか「コンサート会場にある種の香りを流すように」と指示されているものもあったらしい。オーストリアのシェーンベルクとは2歳違い。
オリヴィエ・メシアンのほとんど病んでいるとしか思えない素敵な色彩感覚など意外にスクリャービンまで辿れるのではないかと思うことがあります(そう言えばメシアンはカトリシズム、スクリャービンは神秘主義と2人とも宗教がかったところも共通している)。
スクリャービンで私がいちばん好きなのは「ピアノ・ソナタ第4番嬰ヘ長調作品30」 (Sonata No.4 fis dur Op.30)。1903年、作曲者31歳の時の作品です。最初に聴いたスクリャービンがこの曲だったからですが、彼の有名な「神秘和音」はこの作品ではじめて使われたそうです。下の動画では3:17〜3:18あたり、第2楽章の7小節目冒頭の和音。
伊達純・岡田敦子編著のスクリャービン全集1 (世界音楽全集 ピアノ篇 新校訂版)によると、「神秘和音」は「第5音の長2度上の倚音と半音下方変位された第5音とを有する属9の和音」のことらしい。ジャズ・ミュージシャン向けの言葉に翻訳すると「ドミナント9thコードの5度を半音下げて、6度(または13th)を足す」という感じでしょうか。実用的なコードネームで言えば、ルートがGならG7(9, #11, 13)。
スクリャービンはこういうものを4度でスタックするのが好きで、いつもこの積み方ではないけれど、作品には4度堆積が本当に多い。また、上の「神秘和音」はリニアに並べればリディアン・ドミナントが得られます。スクリャービンの4度堆積、リディアン・ドミナント、そしてクロスリズム。これは…現代ジャズじゃん!
ところで上の「神秘和音」はギターでもとりあえず押さえられるボイシングだけれど、スクリャービンは必ずしもこの積み方に拘っていたわけではなく、もっと柔軟に、というかあまり規則性なくボイシングしていたようです。またこの「神秘和音」というものが彼の創作活動において核となるような最重要なコンセプトというわけでもなかったらしい(ピエール・ブーレーズにおける12音技法のような支配的な方法論ではなかった)。
スクリャービンの作品群には、ほぼ同時代のシェーンベルクやドビュッシーらのそれとはまた違った独特な色彩感覚があって、良い意味で本当にイカれていたんだなと思います。もし彼が現代に生きていたらブラッド・メルドーのような立ち位置でカート・ローゼンウィンケルやジェシ・ヴァン・ルーラーのアルバムに参加していたのではなかろうか、と夢想したりします。色彩感覚的にはマーク・コップランドも近いかなとも思います。