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楽譜の誤植について考える

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先日、楽器店で購入した小沼ようすけさんの「ソロ・ギター・メソッド ホップ・ステップ・ジャズ!」という最新書籍が素晴らしい内容だと思ったので、記事で紹介しました。

その後amazonのレビューを読んでいたところ、この本には結構な分量の誤植が、タブ譜と五線譜の両方に存在していることを知りました。そのため内容が素晴らしい本なのに、巷ではかなり低い評価が与えられてしまっているようです。

この本は基本的に小沼氏によるGuitar Magazineでの約4年分の連載を1冊の本にまとめたものです(インタビュー等の新コンテンツも勿論あります)。私は小沼さんの音楽が好きなので、時々この連載を目当てにGuitar Magazineを買っていたほどです。

小沼さんのアレンジから様々なソロ・ギターのアイデアを得られて良かったのですが(特に複雑化の過程がためになりました)、確かに時々「ん、なんだここ違うじゃん」という箇所があったのを思い出しました。タブ譜と五線譜上のピッチが一致していない部分がありました。当時は特に怒ることもなく、脳内で補正をかけて読んでいたのだと思います。

amazonレビューで指摘されているように、例えばp.82の「サマータイム」の2小節目には「Fb」という不思議な記述があり、これは確かに「F6」のことだと思うのですが、譜面浄書を担当された方は基本的なコードネームを全く知らないか、OCRソフトのようなもので「F6」を読みこんだところ「Fb」と出力されたのでしょうか。

いずれにしても、この本の譜面浄書を担当された方は、実際にギターを持ってこの譜面が正しいかどうかを確かめるという作業をしなかったのは明白でしょう。極端に演奏が難しいカデンツァがあるわけでもないし、音が間違っていないか一つ一つ追う仕事はすべきだし、やれる感じの内容だと個人的には思います。

と、こんなことを書くと「お前はこれだけ多くの誤植に気付くこともなく、これはいい本です、みたいな記事を書いて恥ずかしくないのか。」と思われるかもしれません。

私は二十歳前後の頃、タブ譜というものに深く絶望したことがあり、それ以来タブ譜は完全には信用せず参考程度にするような習慣が付きました。そのきっかけは、確か「ジョー・パスのタブ譜付き完全コピー譜の一つ」だったと思います(その本は現在絶版)。

耳も指も出来ていなかった私は、そのジョー・パス本を藁にもすがる思いで買ったと思います。当然、書かれているものに誤りがあるなどとは考えもしません。ポジションも、ピッチも全て信用してひたすら練習しました。しかしある曲で、例えばコードがGΔ7なのに、タブ譜では「1弦から6弦まで全部1フレットのバレー」になっていることがありました。

弾いてみるともう完全におかしい。それはFm11以外の何物でもなく、ジョー・パスはそんなコードをかき鳴らしてはいない。

「ん? かき鳴らす?」 そこで気付きました。一つ前の小節にはきちんとGΔ7となる押弦が記載されています。つまり、「同じ押弦のまま、こういうリズムでコードをかき鳴らしてくださいよ」というあの「省略書式」が、何故か「111111」に置き換わっていたのです!

その時「ああ、このタブ譜はギターを弾いている人が誰もチェックしなかったんだ。それか譜面浄書をした人がギターを全然弾かない人なんだ」と思いました。そのジョー・パス本には他にも山ほどの間違いがあり、本当にガックリきて、私はタブ譜というものが信用できなくなり、基本的に間違いがあってもおかしくないものだ、と考えるようになったのでした。

今回、小沼さんの「ソロ・ギター・メソッド ホップ・ステップ・ジャズ!」を購入された方も同じように、相当ガッカリされたかもしれません。私は当時、本当に頭に来て、金返せ、と思いました。多分この本についても、お金返して下さい、と思う人は多いと思います。

楽譜の誤植は、どこまで認められるのでしょうか。人間である限り間違いからは逃れられないし、絶対に瑕疵のないプロダクトというものはない。エラーチェックを経たとしても、エラーをゼロにすることはできない。なら、私達はこの誤植を許すべきなのか。

この本の場合は、ちょっと容認できない感じの誤植であるように感じます。まず誤植の数があまりに多すぎるし、運指や記譜が何かおかしいと気付ける中上級者が手に取ってもとても面白い本だとは思うけれども、想定されている読者は主に初心者のはず。しかも即興能力を身に付けたいというよりも、小沼氏によるソロ・ギターの魅力を、まずは手っ取り早く(それは決して悪いことではない)味わいたいと考えた人は多いはず。

そう考えると、特にこの本ではタブ譜の部分に間違いがあってはいけないと思います。「やべっ1箇所間違ってたテヘペロ」というのは許容できたとしても、全曲に間違いがあるというのはちょっと擁護できない。しかもタブ譜だけでなく五線譜にまで間違いがあると、もはや何が本当かわからない。真面目な学習者なら何が正解かを自分で検討するという選択肢はある。でも初心者にそれは難しい。

出版元のリットーミュージックが今後どうするかは知らないけれども、この本の場合は「正誤表をウェブに発表する」という対応では不充分ではないかと感じます。というのも、上で書いたように、特にタブ譜の部分はこの本のメインコンテンツと言えるはずで、しかもエラーが間違いなく編集作業上の怠慢に起因しているのが明らかなので、なおさらです。

それに、エラータがウェブ上にしかないのなら、この初版が今後このまま売り続けられた場合、数年後に古本屋やヤフオクに流れた時にどうなるのかという問題があります。著者の名誉は守られないでしょう。

ちなみにこれは私の完全な推測なのですが、最終的に著者の責任が皆無であるとは言えないとしても、全ての譜面は小沼さんの手元にあった段階ではほとんど(あるいは全く)エラーがなかったのではないか。手書きの譜面をデジタル化する時にエラーが発生したのではないか。

いずれにしても著者は編集部による浄書作業を信頼していたはず。著者も、読者も色々なレベルで裏切られた感のある、本当に不幸な出来事だったと思います。

誤植さえなければ、この本はやはりとても良いものだと思うので、出版社にはエラー対応したものの再版を望みたいです。本当にもったいない話です。でも何で誰も気付かなかったんだろう。新国立競技場のデザイン要件に聖火台のことを入れるのを忘れていた、という話に似た出来事なのでしょうか。

私はいま、いい年をした大人になって、自分が弾く音が自分の基準で感覚的に良い音かどうか、自分が知っている理論の中で間違っていないかどうか、全て自分で判断できるようになりました。しかし二十歳の頃の私は、全くそうではなかったと思います。リディアンの音とか、7度をベースにするDrop 2のメジャーセブンスコードなど、ヘンな音と思ったかもしれない。やはり楽譜の誤植は軽く考えて良い問題ではないように思います。


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