アナリーゼの記事です。第2回の今回はボサノヴァの名曲「ワン・ノート・サンバ」 (One Note Samba, Samba de Uma Nota Só) を観察していきたいと思います。
第1回の「枯葉」ではほとんどコード進行の分析で終わってしまったので、今回はメロディを中心に観察してみます。この曲は本当にクリエイティブな面白い曲で、「枯葉」同様、私達に音楽のヒントを与え続けてくれます。コード進行は以下のような姿でしょうか。キーはBbとします。
この曲の最大の特徴は何と言っても、Aセクションのメロディがたった2つのピッチで構成されている、という点に尽きるでしょう。実音Fが約8小節、実音Bbが約4小節、また実音Fが4小節と続きます。この曲では、「同じ実音の色彩が変わる」ということ、そして「コモントーン」呼ばれる概念を学ぶことができます。
AセクションのメロディのFは、Dm7の短3度、Db7の長3度、Cm7の11th、B7の#11th、と、同じ音程のままその役割を変えています。続くBb音は、B7においてはFm7の11thのアンティシペーション、Fm7の11th、Bb7のルート、EbΔ7の5度、Ab7の9thとなっており、同様に同じ音程のまま「意味」が変わっています。
これは喩えていうなら、私達が電車に乗っていて窓の外の風景を眺めているとします。風景は次々と変わっていくものの、その中を通過していく私達の存在(実体)は変わらない。しかし風景を見ている私達の気持ちは、風景の変化に応じて揺れ動いていく、という感じでしょうか。
これは「コモントーン」(共通音)について考える良いきっかけになる曲だとも思います。あらゆるスタンダード曲のコード進行で似たようなことをできないか。トップノートを固定して次々とコードを弾いて行けないか。どんな可能性があるか。この練習はとてもとても良い(そして面白い)です!
軽くコード進行も見ておくと、Aセクションは3625の変形(サンロクニーゴーという言葉に聞き覚えのない方はこの記事が参考になります)が8小節。6と5にそれぞれ裏コードが使用されています。
続くFm7-Bb7-EbΔ7は普通の251進行。続くAb7 (bVII7) はサブドミナント・マイナー(同主調のマイナーキーからの借用)。Bセクションは至って普通のツーファイブの連続。2回転調しているだけです。Cm7(b5)-F7の箇所は裏コードを使ってCm7(b5)-B7とするのも可。B7のほうがジョビン的かもしれません。
最後の4小節は半音ずつ下降していますがDb6-C7-Bb7は「625」の6と5が裏コード化されていると考えます。特に難しくないはず。全体的に、3625と2-5が基本となっている曲です。
が、しかし。このシンプルで美しいメロディに負けないソロを取るのは簡単なことではないと思います。Aセクションでは他にコモントーンがありうるかを研究したり、特徴的なリズムで遊んでみるのが出発点となりうるでしょうか。サビよりもAセクションのほうが難しく感じます。
この曲で説得力のあるソロを弾ける人は相当上手な人だと思います。シンプルな曲ほど難しいと痛感させられます。とにかく美しい曲ですね。これはもうアドリブなんか潔く諦めて、ガットギターで弾き語りをするのも手かもしれません(わりと真面目に書いています)。
最後に、この曲の歌詞を知らない方は調べておいたほうが良いと思います。このサイトにポルトガル語と英語の対訳があります。Aセクションで使われている音が限られている理由、Bセクションでスケールライクなメロディになっている理由が歌詞で説明(!)されています。
日本語にするなら大体以下のような感じになります。
これはただの小さいサンバ
一つの音でつくられた
他の音は自然についてくるはず
それでも根っこはあの音
さて、この新しい音がその続き
今まで見てきたもののね
僕が君の避けようもない帰結であるようにたくさんの人がいる
喋って喋って喋れる人達
そして何も言わない人達
あるいはほとんど何も言わない人達
僕は知っているスケールを使い果たしてしまった
そしてやはり何にも至らなかった
あるいはほとんど何にもだから僕は最初の音に戻ってくる
僕が君のもとに戻ってこなければならないように
僕はその音に注ぐよ
君への愛の全てを
派手なショーを欲しがる人は誰でも
レミファソラシドを欲しがる人は誰でも
どんなショーも見られないことに気付くだろう
一つの音を弾くだけでいいのさ
さて、この歌詞を知ってしまった私達は、いったいどんなアドリブを取れるでしょうか?