ルーティン、という言葉が流行っているらしい。簡単に言うと、いつもの自分を取り戻すための一連の儀式的行為、という感じのものらしい。一流のアスリートには独自のルーティンを持つ者が少なくないのだそうだ。
イチローがバッターボックスで静止するまでの、あのユラユラした長い一連の動作。両手を組み人差し指を合わせソワソワと集中力を高める五郎丸。大量の塩を取ったあと、グワッと両腕を開き大きく上体を反らせる琴奨菊。
彼等はこれから何か特別なことをはじめるために、普段よりも優れたパフォーマンスを実践するために、ああいう儀式的行為を行うのではないらしい。
いつもの自分に戻り、本来持っている実力を普通に出し切るために、意識状態を整える。心身のウォームアップ。それがアスリートのルーティンだ。
アマチュア・ジャズ・ギタリストの俺にも、何かルーティンがあっていいはずだ。俺が一流でないのは、俺にはルーティンがないからかもしれない。緊張を取り、いつもの自分になり、練習の成果を出し切るためのルーティン。それにはどんなものがあるだろうか。
「では次。ギター、六弦酔拳太さんお願いします。」
俺の名前が呼ばれた。これからセッションがはじまる。ルーティンについては後でゆっくり考えよう。いまはプレイに集中だ。
俺はいつものように、テーブル上のギネス・エクストラ・スタウトを一気にグイッと飲み干し、ギターを持って立ち上がる。