即興演奏は演奏者を裸にします。
他人と一緒に演奏したことのある方、人前で演奏したことのある方なら多分わかってくれると思うのですが、どんなレベルであれアドリブ・ソロを取ることで自分の裸が出てきます。
少ない要素から出発するのは勿論、ある程度サイズの大きいフレーズの組み合わせから出発する場合であっても、演奏者の習熟度を問わず、自分が裸になる、裸にされるような感覚がある。
自分が嫌いな何かを演奏する人はいない以上、即興演奏とは「私はこういう音列が、リズム型が、アーティキュレーションが好きなんです」という生々しい告白以外のものではないと言えるので、自分を本当に晒すような状態です。
エミリー・レムラーは確か自身の教則DVDで、バークリーの先生に何か弾いてみなさい、と言われても最初はとにかく恥ずかしくて何も弾けなかった、と語っていました。本人は厳粛な顔でそう言っているのですが、内心
インプロヴィゼーションは本当にパーソナルで恥ずかしいものなんだからねっ!! (///∇//)
という感じに見えました。「そうだよね!」と見ていて思いました。
何年も楽器を練習しているけれど、1度もジャム・セッションに参加したことがない、という人は少なくないようです。どうも「恥ずかしいから」というのがその理由らしい。上手に弾けないから恥ずかしい、という側面もあるようです。もっと上手になってから参加したい。皆そう言います。
しかし上手になろうがまだ上手でなかろうが、裸の自分を晒すという点では大差ないと思います。どちらにせよ、それは 場合によっては逮捕されるリスクを伴う魂の大胆な跳躍 なのです。
ところで裸になるという行為は恥ずかしいことでしょうか。自分の家では誰しも普通に裸になることがあるし、古代人はそもそも裸だったわけです。裸は本来恥ずかしい状態ではなかったはず。
パンツを穿くことによって「恥」は発生する。
だとしたらこの場合「パンツ」に該当するものは何でしょうか。
何かを隠す。格好を付ける。取り繕う。どうだこのパンツ。そういう感じのフレーズを弾いてしまうと、途端にそれはその場に伝わってしまう。そして、ああ、俺はいま何か恥ずかしいものを弾いてしまった、という感覚に陥る。
結論:パンツを穿くような演奏をしてはいけない。パンツを脱ごう。パンツを脱いでセッションに行こう(注:心のパンツのことです)。