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漫画界のカリスマにジャズを学ぶ

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最近一冊の驚くべき本を読みました。それは「漫画の描き方」について書かれた本であるにも関わらず、過去に読んだどんな教則本よりも私に「ジャズのこと」を考えさせてくれました。

それはこういう本です。

荒木飛呂彦の漫画術 (集英社新書)

この本で私は2つのことに驚きました。1つは「ジョジョの奇妙な冒険」という「型破りな異色作」の作家である荒木飛呂彦氏が、実は「漫画の基本(王道)」に非常に忠実な作家であり、最終的なアウトプットである作品そのものの手前には精緻な思考と反省、そして膨大な量の準備があったということ。

もう1つは、荒木氏からの「未来の漫画家へのアドバイス」がほとんどそっくりそのままジャズ・プレイヤーにとっての優れた教訓として読めてしまう、ということです。

例えば…

(p.132) よく「ストーリーは最初から最後まできっちり作ってから描き始めるのですか?」と聞かれるのですが、僕のやり方は違います。「主人公が勝つ」という着地点があるとし、どうやって勝つか、ということは決めずに、まず、「どういうキャラクターがいるか」ということを考え、「そのキャラクターを困難な状況に放り込む」。描き始めるのは、その段階からです。

この文の「ストーリー」を「インプロヴィゼーション」と読み替えるとどうでしょうか。「キャラクター」を「モチーフ」とするとどうでしょうか。ある着地点の音を想定し、そこにたどり着くためにちょっと遠いところからフレージングを開始してみる。無性にそんな練習をしたくてたまらなくなりました。

(p.138) ストーリーはキャラクターが動くことによって作られていくわけですが、この時に重要なのは、「説明しようとしてはいけない」ということです。岸辺露伴の短編で言うと、露伴が「僕は漫画家で、これから取材に行こうと思っているんだけど、すごく興味があることがあって、それはこういうことで……」とやたらに説明したら、そもそもスマートではないし、絶対にやりたくありません。

コード進行はフレーズのリニアな動きによって感じ取られていくわけですが、この時に重要なのは、「コードを弾いて説明しようとしてはいけない」ということです。と、私は頭の中で読んでしまいました。

(ギターで)シングルラインの中でコードを弾く時、それが「説明的」なものであるとやはりカッコ悪いのはジャズも同じ。私は時々これをやってしまうので、ガツンと来ました。表出させることと、説明することは、似ているようで違う。

(p.142) また、漫画のセリフにおいては、難しい漢字を使ったり、横文字を入れるからかっこよい、というようなことは絶対にありません。「ちょっと格調高くしてみよう」などと、妙に着飾った言葉を使ってみたり、深く考えこんだりしない方がいいと思います。やはり、自分の人生に関わっているような考え方を、普段しゃべっているような、わかりやすい言葉で伝えていくのが一番です。

難しそうなフレーズ、「どうだこれは格調高いだろう」というフレーズ、考えすぎたフレーズはやはり何か違う。基本はやはり自分から素直に出てくるフレージング。勿論、自然さに至るまでにはいろいろあるとしても。人間誰でも一度は中学二年生の病気に罹る。問題はその後どう成長できるか。

(p.153) 漫画を漫画として成り立たせているのは絵なのです。(中略)ただし、漫画の絵は必ずしも上手である必要はない、というのが、おもしろいところです。絵が上手いからといってその漫画がヒットするとは限りませんし、逆に「なんで、こんなに下手な絵なのに人気が出ているんだろう」と思うような漫画もあります。(中略)では、「下手でも売れる」漫画の絵は「上手なのに売れない」漫画の絵と何が違うのか。その秘密は、作者が誰かすぐわかる、ということです。

これは完全に「音色」の話として読めます。ジョン・スコフィールドやセロニアス・モンクの音色は、普段クラシック音楽を聴いている人からすれば「整って美しい」ものではないはず。でも私達にとっては最高の音色で、一音聴いただけですぐその人とわかる。

(p.177) 漫画を描き始めてからしばらく経つと、「最近、なんか全然ダメだな」という時期が必ず来ます。それでも、多少悩んでも、とにかく描き続ければ突破できるものです。そもそも、描いていなければ、悩むということすら起こりません。

ジャズを演奏するようになってしばらく経つと、「最近、なんか全然ダメだな」という時期が必ず来ます。それでも、多少悩んでも、とにかく弾き続ければ突破できるものです。そもそも、弾いていなければ、悩むということすら起こりません。

(p.235) コマ割りには特にこれといった理論やルールはなく、漫画をたくさん読むことでなんとなく理解できるものかもしれません。どうコマを割るかというのは説明されて理解するというよりは、漫画を読んで訓練して実践する、という繰り返しが大事で、あまり余計なことを考えない方が、よいコマ割りになるのではないかと思います。

「フレーズの譜割り、リズミック・フィギュア、サイズにはこれといった理論やルールはなく、音楽をたくさん聴くことでなんとなく理解できるものかもしれません。どういう譜割りで弾くかというのは説明されて理解するというよりは、音楽を聴いて訓練して実践する、という繰り返しが大事で、あまり余計なことを考えない方が、よい譜割りになるのではないかと思います。」

といった感じで、枚挙に暇がありません。この本は、良い音楽を演奏するための、より良い即興演奏をするための地図として完全に機能します。

「ジョジョの奇妙な冒険」を読んだことがある方なら、まるで「天才が感性だけで描いた」かのように思えるあの漫画の背後に、これほどまでの地道な努力、失敗からの学び、基本への忠実さが存在していたことに驚くと思います。

そして荒木飛呂彦氏の謙虚さと、「この点だけは絶対に譲れない」という自信、自己への信頼。このアティテュードもまた見習いたいと思いました。

私は荒木飛呂彦氏のことがますます好きになりました。天才と呼ばれる人は、やっぱりごく当たり前のことを、地道に、そして諦めずに何十年も続けているんですね。また、ふとこう思いました。ウェスも、モンクも、言葉でそれを語ることはなかったとしても、こういう努力家だったのではなかろうか、と。


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