ジャズギター・フォーラムに「ireal“功罪”論争」という興味深いスレッドが立っています。登録メンバーの方は是非ご意見を寄せていただけると嬉しいです。ギター以外の楽器の方も是非(※閲覧には登録が必要です)。
以下、スレ主さんのご投稿から引用。
セッション等で他のギター以外含むプレイヤーさんと話をしていると、時々話題になるのが『ireal論争 』です。
要はirealが本当に為になるのかならないのか?…と言う事なのですが、大体は『irealはあまり良くは思われていない、でも使っている人は多い』という結論になる事が多いように思います。皆さんはどう思われますか?
世界的にも利用者が多い便利なバッキングアプリの”iReal”。便利だから練習に欠かせないという人もいれば、あれは良くない、という人も確かにいます。この議論は確かにたびたび持ち上がるのですが、結局こうしたツールの何が良くて何がダメなのかはわからずじまい。論点を少し整理することはできないものか。
本題に入る前に、iRealについては個人的に衝撃的を受けたことがあります。それはジョン・アバークロンビーが晩年の教則動画で”Alone Together”のバッキングにiRealを使っていたことです。この小さい箱(スマホ)にミュージシャンが入っていてね、彼らにお金払わないといけないね…などと冗談を言っていました。
あとはオズ・ノイも教則動画で使っていました。その人達くらいのレベルになると、こういう説明には1周回ってもうiReal使ったっていいだろ、ということになるのかもしれません。
ここから本題。ノルウェー出身でオランダ在住の人気YouTuberギタリスト、Jens Larsen氏が「バッキングトラックによる練習はあなたのリズムとタイムをメチャメチャにする!」という動画を出しています。YouTubeや某ブログ(このブログ)にありがちな少し盛った感じのタイトルですが、面白いことが語られていました。
15分ある長めの動画なので一部だけ紹介すると…
多くの曲のバッキングトラックはYouTubeで見つけられるし、スマホにもアプリがあるよね。私はすごく良いドラムループの入ったDrumGeniusというものを持っているし、iRealも持っている。iRealは曲のコアなコード進行を基に、コードやベース、ドラムの付きの完全なバッキングトラックを作ってくれるんだけど、それを使って練習する時、本当には練習していないことがいくつかある点に注意しないといけない。ではバッキングトラックの問題とは何だろう?
バッキングトラックには情報が多すぎるんだ。それに乗って演奏するのは簡単すぎるし、頼ってしまう、それに自分が演奏するものについて責任を取るよう強制されることがない。リズムは私達が訓練したいものだけど、それは自分の内側に聴き取るものだ、自分がちょっとリズムから外れていないか、聴けるようになるための練習が必要だし、正しい場所に音を置くことに責任を持たないといけないんだ。
Larsen氏は動画の後半で、リズム以外にもハーモニー面でも同じような問題があると説明しています。コードが鳴っていると自分のフレーズでコード進行を綴る必要性が薄れ、ターゲット・ノートへの意識も薄れる、となかなか興味深い分析です。
ここで思ったのは、iRealのような完全なバッキングトラックは、独力でリズムについて責任を持ったり、ハーモニーを感じさせるラインをまだ演奏できない初心者にとって、楽器演奏を楽しみ、モチベーションを維持するためのツールとしては有益だろうということ(頼れる、補助してもらえるわけだから)。
さらにジョン・アバークロンビーやオズ・ノイのような達人レベルであればもはやバッキングトラックのリズムやハーモニーには依存していないので「1周回って」教則動画で使ってしまっている、という感じかな、と思いました。
では入門段階は超えたプレイヤー、リズムやタイム感を鍛えたいプレイヤー、ハーモニー感覚により磨きをかけたいプレイヤーにとって、こういうバッキングトラックはどうか。ううむ、やっぱりこの場合は成長を阻害する要素が少なからずあるようには思います。ただ使っていて楽しいのなら自分に使用を禁じることもないんでしょうけど(練習ではなく気晴らしとして理解している限りは)。
ところで上のLarsen氏の動画で「バッキングトラックには情報が多すぎる」という言葉があり、これはわかりやすい説明だなぁ、と感心しました。
iRealやメトロノームはいろんな設定ができますが、情報量が多い→情報量が少ない順に並べてみるとこんな感じでしょうか。
- iRealのコード楽器・ベース・ドラムによるバッキング
- 同ベース・ドラムによるバッキング
- 同ベースのみによるバッキング
- 同ドラムのみによるバッキング
- 4/4の場合、1拍ごとに鳴らすメトロノーム
- 同、1と3または2と4で鳴らすメトロノーム
- 1小節に1回だけ任意の拍で鳴らすメトロノーム
- 2小節に1回
- 3小節に1回…
最後はやっぱりアカペラ、無伴奏でやれないといけないというのはあると思います。でもジャズ歴2ヶ月の人にそれは現実問題難しい。止まらずに弾ききるための補助的なツールとして使う価値はあるのでしょう。
ただその場合、自分でリズムをキープし、スウィングをどのように感じるかといった点は一切訓練されていないこと。コード進行・ハーモニーについても「自分が望むハーモニーを聴く」能力は鍛えられず「聴こえてくるハーモニーに頼っている」だけである点には留意する必要があるのでしょう。
「酒バラ」の2小節目はiRealだとEb7になっていると思いますが、いつもそのピアノを聴いていたらウェスようなEbMaj7は頭の中から消えてしまう、ということですね。