(※この記事は冗談カテゴリーに投稿しています)並行宇宙論、多元宇宙論というものがあります。我々が住むこの宇宙に限りなく似た宇宙がいくつも同時並行的に存在している。ほとんど同じ宇宙だが、微妙に細部が違うパラレルワールドが存在していて、それぞれの世界にはあなたそっくりの誰かが生きている、というSFによく登場する仮説です。
和声理論にモーダル・インターチェンジ(同主調変換)というものがあって、例えばメジャーキーの中でIVm7やbVII7を同じ主音のマイナーキーから借りてきて事もなげに使う、ということがよくあるのですが、そもそもそのアイオニアンとエオリアンの関係は何なのか。
それはつまり、Cを基音とする様々な旋法が(マイナースケール以外にも)いくつも、同時並行的に存在している「多元旋法」的な世界が想定されていることを意味しはしないのか。
C Ionian
C Aeolian
C Dorian
C Melodic Minor
C Phrygian
C Mixolydian
…
等々、ありとあらゆる「Cの旋法」が同時に存在しているような「旋法の海」みたいなものがあり、そうした世界を仮定すればモーダル・インターチェンジという説明はさらに容易だし、自由に拡張もできるのではないか。もう何だって引っ張って来られるではないですか。
ギタリスト田中裕一氏が、アダム・ロジャーズの言葉としてこんなことをブログで書かれています。
アダム曰く「KeyCのCM7上で何を弾くか考える時に、何のスケール(やコードの分解)を弾くかではなくて自分なりの”C”と言う内容・イメージについて考えていて、例えばぼくはCM7上でCフリジアン弾くの好きだねー。」と言っていました。
これがずっと面白いなー、と気になっていたのでした。例えばCΔ7というコードネームを目にする時、普通はまずC Ionianを考えてしまうじゃないですか。でもそれはC Lydianでも、C Ionian b6でもいい。だとしたら、その延長線上でC Phrygianがダメなわけがない(笑)。C diminished scaleだっていいはず。もう何だっていい。
CΔ7でC Phrygianを弾くとb2やb3が入るので、アヴォイド・ノートという概念を持っている人にとってはありえない響きなのかもしれないけれど、これが自分にとってワークすると思ったらそれはその世界から借りてきて使ってしまえばいいんですよね(他人に理解されるかは別として)。
アダム・ロジャース氏が、僕は『Cというスケール』のことを考えているんだよ、と言う時、それは「多元宇宙」のような「多元旋法」的な世界を想像しているんじゃないのかな、と思ったのでした。
C IonianとC Melodic Minorの違いは、1音だけ。3つ目の音が基音から見て長3度か短3度かの違い。それだけの違いですが、ダイアトニックノート上にコードを積んでいくと違いはもっと大きくなってくる。
複数の異なる世界、異なる宇宙の存在を仮想して、そこからいろんなものを引っ張ってくる、というのはクリエイティブで面白い行為ではないか。意識的にそのような表現を続けていると、説得力のある独自のロジックが発生して面白い音楽になるのではないでしょうか。というか、一般にフリー・ジャズと呼ばれる人達はこういう発想で表現していることもあるように感じています。
別の世界から何かを引っ張ってくる、と書くと、こうして音楽を演奏したり作曲する行為はイタコとか巫女さんとかシャーマンみたいな行為であるようにも思えてきました。何か召喚してくる感じの行為。
他にも多元パルス論とか、多元調性論とか、いろいろなものが考えられそうです。
ちなみにピックが消えたり現れたりするのもモーダル・インターチェンジに似た現象として考えることもできます(断言)。