パット・メセニーの作品に、1992年12月に録音され1994年にリリースされた”Zero Tolerance for Silence”という有名なアルバムがあります。無調のフリー・インプロヴィゼーション(多重録音)で、昔は中古CD屋さんで300円とか500円で投げ売りされているのをよく見かけた、メセニーの最も人気のないアルバムです。
このアルバム、パット・メセニーがゲフィン・レコードと揉めていて、契約終了間近なので不快感の表明のために録音したのではないか、とある音楽サイトの批評家がその成り立ちを推測したところ、メセニーは次のように反論したそうです(英語版Wikipediaより)。
その噂はアルバムを真面目に聴かなかったジャーナリストが広めたものだ。1本電話を入れてくれさえすれば、そういうことではないとわかったのにね。それに、僕はそういうことは絶対にしない。僕はそんなふうに振る舞わないっていうのは自明のことだと思っているんだけど。あのレコードはその音楽において、それ自身を説明している。僕にとって、あれは普段ぼくが3次元的に活動している世界を2次元的に見たものなんだ。完全にフラットな(平面の)音楽で、まさにそうしたものにしようと思ったんだ。
腹いせに録音したんじゃないか、という批評家の推測もすごいですが(バカじゃないのかw)上のメセニーの説明、「普段は3次元的なんだけどこれは2次元」という部分が面白いなと思ったのでした。
メセニーの言う3次元、2次元って何だろう。”Zero Tolerance for Silence”では普段の音楽よりも1つ次元が欠けている。欠けているのは明確な調性と、それに基づいたハーモニーでしょうか。すると残る2つの次元は、リズムとメロディ。確かに強力なリズムが随所にある演奏です。メロディも、調性に基づいたものではないらしいけれど、ある。
楽器の音色の豊かさや、アンサンブルの深さみたいなものも皆無です。これも消し去られた次元の1つに入るのかな(アコギも重ねられているPart Vあたりは音色も面白いですが…)。
パット・メセニー・グループの音楽が持っていた、ある程度複雑ながらも多くの人の心をつかんだハーモニー。その緊張と弛緩が生み出す物語性。深さ。メセニーはこれを録音した1992年頃から、そういうPMGの世界観に疲れはじめていたのだろうか、と思ったりもします。最近久しぶりに聴いているのですが、非常に面白い音源です。今は入手困難かもしれません。
Geffen (1994-03-31)
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