ミハイ・チクセントミハイという心理学者の名前を聞いたことがある方はいるでしょうか。このハンガリー系米国人は「フロー」(Flow, 流れ)という心理学の概念を提唱したことで有名で、私は大学生の頃に著書を読みました。最近、彼の「フロー理論」が音楽領域で語られているのを海外サイトで見かけて、なるほど!思ったのでした。
チクセントミハイによる「フロー」の概念については下の5分間の動画が素晴らしくコンパクトにまとめてくれています。英語なので、下に要点を箇条書きで日本語でまとめてみました。
- 人は自分の外部で実際に起こっている事柄とは関係なく、「意識の内容を変更」することによって自分自身を幸福にしたり、みじめにしたりすることができる
- 人はより大きい家を買ったり、より良いクルマを買ったり、よりお金持ちになると幸せになれるのだろうか。いや、幸福はそれだけではない
- 1955〜2005年までの50年間で、人々の収入は3倍になった。しかしそれに比例して人々が幸福になったかというと、そうではなかった
- 基本的な欲求が満たされた後、人はより大きい家を買っても幸せにはならない
- 幸福になるには「意識の内容」を変更する必要がある
- ではどのようにすれば「意識の内容」をできるのか。それは自分自身を”Flow”(流れ)と呼ばれる「最適体験」に置くことによって可能となる
- “Flow”とは、何らかの活動にあまりに集中してしまっているため、他の何事もどうでもよくなってしまうような状態を言う
- その時、集中力はあまりに高まっているため、他のどんな物事や問題にも一切注意を払わなくなる。自意識が消える。寝食を忘れ、時間の感覚も歪む
- ビジネス、ロッククライミング、音楽の作曲。あまりに気持ちが良いので脳は他の事柄に意識を移すことができない
- その時ひとはどうでもいいことを考えたりしないし、昨日やってしまった愚かな行いを悔いたりしない、明日やるべきことについて思い煩い、ストレスに思うこともない
- 自分自身を”Flow”の状態に置くためには、課題を極端に難しい(challenging)ものにしてはいけない。難しすぎると不安になるからだ
- 簡単すぎることをやってはいけない。簡単すぎると退屈してしまうからだ
- これらふたつのバランスを取りつつ、”Flow”のチャンネルに入っていく
- ゴールは何か。それは自分が何をやりたいかによる。それがわからないといけない。ゴールが明確でないといけない
- カナダのとある原住民は25〜30年に一度、居住地を変える。豊かな土地に住んでいても、長老たちがそうしろと命じる。それは生活における新たな挑戦を得るためである
- 一晩中テレビの前にいたり、昼間のあいだずっとFacebookを眺めていたりすると、幸福の意味がわからなくなる
- SNSやテレビでの暇潰しは最適体験にはならない。それは挑戦がない「無気力」な状態である。その時あなたは退屈しているか、何もかも心配してしまっているかのどちらかである
- 無気力、憂い、退屈から離れ、恍惚へと向かいなさい
と、概ねこういった内容です。チクセントミハイの本はいま手元にないのですが、確かにこうしたことが書かれていたと思います。動画中に登場するわかりやすい図式を日本語化すると下のようになります。自分にとってチャレンジングなものに取り組む。不安にならない程度に難しいもの。自分がいま持っているスキルではやや難しいものに取り組む。簡単すぎると退屈してしまいます。
自分にとってこれはチャレンジングだ。難しい、しかしやり甲斐がある。挑戦してみたい。やってみたい。いまの自分のスキルでは少し難しいかもしれない。しかし不可能ではないはずだ。そういうものに取り組む時、人は「フロー」状態に入るとも言えるでしょう。ミュージシャンやアスリートが「ゾーンに入る」時、彼等が生きているのがこの「フロー」であるとも言えるでしょう。
もし人前で演奏していて、あるいは家で練習していて、何か気が散って集中できなかったり、何か心配になってしまったり、不安になったりする場合、その時は何か「セッティング」が間違っている可能性があるのでしょう。勿論、自分を「フロー」から現実に引き戻してしまうスマホのようなものは手元から遠ざけておく必要はありますが、それだけでなく、自分がやっていることの意義、目標設定、難易度の設定がきちんとできているかどうか。定期的にこれを確認する必要がある、と思いました。
チクセントミハイが言うところの「恍惚」(Ecstasy)が何もかもを正当化しうるものかどうかはさておき、この考え方には学ぶところが多いと感じます。
私は200万円の高級手工ギターを手に入れても幸せになれないことを知っています。カート・ローゼンウィンケルのフレーズをそっくりそのまま弾けるようになっても幸せになれないことも知りました。指がもっと速く動くようになったらとても嬉しいのですが、たとえbmp180でどんな16分音符のフレーズも流暢に弾けるようになっても、即ハッピー、ということにはならないでしょう。
自分が確実に弾ける、知っているフレーズだけでソロを弾くと私は退屈すると思います。知っているフレーズやその断片に一切頼らずに全てをその場で生み出すように弾くことも、あまりに難しすぎて不安になることを知っています。いまの私にはそれはまだ早い。「フロー」と呼ばれる最適体験は十人十色。自分自身の「フロー」は何処にあるのか。それを考え続けていけば、もっと上手くなれたりしないかな。
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