スタンダード分析のシリーズ第4回はジョン・コルトレーンの「ジャイアント・ステップス」 (Giant Steps)です。1959年録音のこの曲はアップテンポで演奏されることが多く弾くのも難しいですが、ハーモニー構造が特殊なので闇雲に取り掛かる前にまず全体を観察するのがおすすめです。構造を理解してしまえば、コード進行を丸暗記する必要もなくなります。それでは早速見ていきます(以下、あくまで私の解釈です)。
スタンダード分析・第4回:ジャイアント・ステップス (Giant Steps)
下が「ジャイアント・ステップス」のコード進行です。この曲を理解しようとする時は、まず赤で囲った部分に注目します。最初の4小節は BΔ7, GΔ7, EbΔ7 が赤で囲まれています。これらは Bオーグメント・トライアドの構成音であるB, Eb, Gをルートとするトニック・メジャー・コード と考えます。Bから長3度間隔で下降している、またはBから短6度間隔で上昇しています。
この曲はとにかく「Bオーグメント・トライアドが基礎になっている」と考えると早いと思います。
赤線で囲ってあるもの以外のコードは全て、赤線内のコードに強く進むためのドミナント・セブンスコードか、ドミナント・セブンスをトゥー・ファイブ分割したものです。演奏時には勿論2-5-1を意識したフレージングが使えます。
マルチ・トニック・システム
ところでこの曲のキーは何なのでしょう。「黒本」(最近便利なハンディ版が出ました)にもリアルブックにも調号は書かれていません。最後はEbΔ7で終わるのでEbの曲なのでしょうか。 B, G, Ebの3つのキーの間で次々と転調が発生していますが、その3つの音を円周上に配置してみます。すると見事な正三角形が現れました。それもそのはず、オーグメント・トライアドは1オクターブを均等に3等分するものだからです。
この B, G, Eb、どれが主役っぽいでしょうか。いちばん求心力がありそうなのはどれだろう… この配置を見ていると完全なバランスが保たれているので、どれか一つが特権的な中心であるとは言い難い雰囲気ですよね。王様が3人、神様が3人いる多神教的な世界です。この状態は「マルチ・トニック・システム」と呼ばれたりします。
「ジャイアント・ステップス」 が一般的なスタンダード曲と大きく異る点がここです。機能和声の音楽なのに絶対的な出発点と終着点がない。アルファでありオメガである。対称性の神秘。何か不思議な曲です。コルトレーンは後期〜晩年に宗教や神秘主義に傾倒したようですが、彼が33歳の時に録音されたこの曲を観察すると、さもありなん、と思わされます。ここから無調やフリーの世界もそう遠くないはず。
「ジャイアント・ステップス」はどのように生まれたか
「ジャイアント・ステップス」のこの「マルチ・トニック・システム」はいきなり生まれたわけではないらしく、コルトレーンが参考にしていたNicolas Slonimskyの “Thesaurus of Scales and Melodic Patterns” という有名な本、スタンダード曲 “Have You Met Miss Jones?” のBメロ(モロに同じ構造)、Tad Dameronの “Lady Bird” のターンアラウンド(=曲の先頭に戻るための最後の2小節)に影響を受けたようです。
Lady Birdのターンアラウンドは、
IΔ7 – bIIIΔ7 – bVIΔ7 – bIIΔ7
ですよね。これは1625(イチロクニーゴー)の6と2と5がそれぞれ減5度代理されている(=bV sub, 裏コード)のだと思いますが、「ジャイアント・ステップス」の最初の4小節と比べてみると近いんですよね。
IΔ7 – bIII7 – bVIΔ7 – VII7 (※ローマ数字は上と比較するため便宜上使っています)
Lady Birdはトニックに戻るためにbIIΔ7なところが違います。あと「ジャイアント・ステップス」のbIII7はより強力に4度進行するためにドミナント・セブンス化されています。
コルトレーン・チェンジ(コルトレーン代理)について
ついでに「コルトレーン・チェンジ」と呼ばれるリハーモナイゼーションの手法についても観察してみます。「コルトレーン・マトリックス」と呼ばれたりもします。
例えば下のような4小節のトゥー・ファイブ・ワン進行があるとします。
Dm7 | G7 | CΔ7 | CΔ7
それをこんなふうにリハモできます。
CΔ7 Eb7 | AbΔ7 B7 | EΔ7 G7 | CΔ7
何が起こっているかというと、下の赤字の部分を見るとわかります。「マルチ・トニック・システム」ではないけれども、「ジャイアント・ステップス」の基礎となっている長3度での移動が使われています。あいだのコードは全てドミナント・モーションを生み出すためのもの。
CΔ7 Eb7 | AbΔ7 B7 | EΔ7 G7 | CΔ7
ジャイアント・ステップスとシンメトリック・オーギュメント・スケール
ところで「ジャイアント・ステップス」の3つのトニックは、「Bオーグメント・トライアド」の構成音であるB, Eb, Gをルートとするトニック・メジャー・コード、と上で書きました。
で、その3つのメジャー・トライアド、B, Eb, Gトライアドの構成音を、順番に並べてみます。これは最近気づいたのですが、シンメトリック・オーギュメント・スケール(Symmetrical Augmented Scale)が生まれるんですよね。ベン・モンダーやカート・ローゼンウィンケル、アダム・ロジャーズのファンなら気になるスケールですね。
コンテンポラリー・ジャズの大きい特徴の一つに、オーグメントや#5サウンドの多用があると思うのですが、それは何処から来ているのか。メロディック・マイナーやハーモニック・マイナーも出処だと思いますが、コルトレーンのマルチ・トニック・システムもその起源の一つではなかろうかと思います。
キーワードは「揺らぎ・浮遊感・決定不能性」といった感じでしょうか。
「ジャイアント・ステップス」はこんなふうに一度構造を理解してしまえば取り組みやすいと思います。あとはひたすら練習あるのみですね。私もこの記事を書いたのを機に自分のジャイアント・ステップスをやり直してみます。
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