ぼくは腹が減っていた。目の前にステーキ屋があったから、入ってみようかと思ったのだが、それは以前、心のマイルスがダメ出しをしたチェーン店だった。
早速、隣にマイルスが現れた。ぼくはステーキを食べたい気持ちなのだが、多分マイルスは良しとしないだろう。だが意外にもマイルスはこう語った。
この看板は… 前の店より、少しだけマシになった… 言いたいことはまだまだあるが… よりシンプルだ… 反省したのか… 「当店はハラペコでいきなりステーキ」というフレーズも、悪くない… 適度に意味不明で… ハッタリが効いている…
確かに、前に他の街で見かけた「いきなりステーキ」のあの看板とは、少し印象が違う。じゃあマイルス、入ってみようよ! ぼくはこのステーキ屋さんを試したことがないんだ。
わかった… 入ってみてもいい… この店が流行っているのなら、なおさらだ… 流行は常に追え… 新しいものは、何でも試したほうがいい…
やった。これは磯丸水産にOKが出た時と同じ流れだ。ぼくたちは店に入ろうとした。だが、マイルスはガラス扉の前で立ち止まった。
待て… 「本場アメリカで当たり前の食べ方」… 「大口開けてがぶりと、召し上がれ」… 「300g以上が基本… レアー焼きが絶対旨い」… Oh, shut the fxxk up !
なぜ、ここまで指図をする… 口の開け方、肉の重量、焼き加減まで… なぜ価値観を押し付ける… ああしろ、こうしろ、これがいい… 指示が細かすぎる… 譜面にこんなことが書かれていたら… 嫌な気持ちになるだろう… プレイヤーの自由を尊重しろ… リアルなエクスペリエンスは、こんなものからは生まれない…
マイルス、これはミュージシャン達への指示じゃないんだ、ステーキ屋のただの宣伝文句なんだ!
だが断る… 行きたければ、一人で行け… それと… もうひとつ気になることがある… この店では、立ったままステーキを食うらしい…
ギターは、立って弾いてもいい… だがステーキは、座ってゆっくり食え… いい赤ワインと一緒に… おっと、これもまた、価値観の押し付けか… もういい、お前らの好きにしろ… 自分のことは、自分で決めろ… お前らにはもう、うんざりだ…
この日も、ぼくはステーキをあきらめた。