その時、ぼくは腹が減っていた。目の前にステーキ屋があったから、入ってみようかと思った。
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その時、隣にマイルスが現れた。悩み事や、心に迷いがある時、マイルスがいつもふっと姿を現す。友達は、一度病院で診てもらったほうがいいと言うけれど、そのマイルスはいつも良いアドバイスを、僕にくれるのだった。マイルスはステーキ屋の看板を眺めながら、僕に言った。
あんな演奏は、絶対にするな…(Never play that sxxt…)
あんな演奏?
あの看板のような… 演奏だ… 「炭焼きステーキは厚切りレアーで召し上がれ いきなりステーキ」と書いてある… あの看板だ… あの看板を見て… お前は… 何も思わないのか… ?
思うって、い、一体何を…
必死すぎるとは思わないか… これでもかというくらいに… 空間を埋め尽くそうとしている… 炭焼き・ステーキ・厚切り・レアーと、覚えたフレーズを全部ぶちこんだようなプレイ… それに… 「炭焼き」という文字を赤で強調しているが… 本当にそれを強調したいのか… おまけに「ステーキ」の後ろに、「炭」という小さいハンコのような絵で、あらためて強調… 「炭焼き」はそんなに大事か…
…
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そしてあの赤いロケットの絵は何だ… 「いきなり」という言葉を、今度は絵で言ってみたというのか… せっかくのアルペジオの表現を、ブロックコードで台無しにしたようなものだ… しまいには英語で、妙なことを言う… 「これぞまさにステーキ、ステーキの大きい一切れです」と、書いてある… 言っても言わなくてもいいような、どうでもいいメッセージ… 何故そんなことを言わなければならないのか…
お前にはわかるか? 俺にはわかる…
それは… 自分に自信がないからだ… 自分に自信がない奴の演奏は、大体あんな感じだ… 何でもかんでも詰め込んで、無意味なことを言う… いろいろ言ったつもりでも… 本当は何一つとして、言えていない…
ちょっと待ってくれマイルス、あれはただのステーキ屋だよ! そこまで言うことないじゃないか!
いいか… あんな演奏は、絶対にするな…
そしてマイルスは姿を消した。ぼくは腹が減っていたけれど、ステーキ屋に入るのをやめた。そして家に帰って、悔し涙を流しながら10時間ギターを練習した。