My Music MasterclassからMike Morenoによる教則動画が3本同時にリリースされました。彼の思想・音楽観が伝わってくる素晴らしい内容となっています。
以下の3本ですが、1では音色・テクニック・アーティキュレーションを、2ではコード進行の表現を、3ではリズミックなコンピングを扱っています。
- Mike Moreno 1 (Sound, Technique & Articulation)
- Mike Moreno 2 (Playing The Changes)
- Mike Moreno 3 (Rhythmic Comping)
ひと通り見たのですが、マイク・モレノの関心事はたぶんただ一つなんじゃないか、と思ったのでした。それは恐らく「グルーヴ」や「フィール」と呼ばれているものです。…というと当たり前に聞こえますが、そのグルーヴを生み出すにはまず「音色」を磨くことが不可欠。明晰な音を出すことは、モレノにとっては全てに先行するのだろう、と感じました。
つまり「どんなフレーズも、いい音でいい感じに」弾くのがまず大事。で、モレノが理想とするサックスのようなホーン・プレイヤーによる「いい感じのアーティキュレーション」を実現するために、独自のピッキングパターン(スウィープ・ピッキングの1種)が生まれてくる。さらには「どのポジションで弾くか」さえも決定されてくる。
「いい音で弾けたらいいよね。そのほうがベターだよね」という考え方では全くなく、「まず自分が出したい良い音やフィールがわかってないと話にならないだろう」というレベルです。モレノにとって音色とフィールは絶対的な出発点らしい(そして良い音を出すことと機材は全く関係がない)。その出発点があらゆる練習方法を決定していく。
弾きやすいからそのポジションで弾くんじゃない。ネックのスウィート・スポット、いい音がする場所で弾くんだよ。ということで、実際彼はDonna Leeのテーマを9〜12F付近と、4〜7Fフレット付近で弾き分けてみます。びっくりするくらい勢いが違います。確かにテンションの強いヘッド側のローポジションで弾いたほうが音にハリと輝きがあります。
「どんなテクニック練習をするか」を考える前に、「自分はどんな音で弾きたいか」をより強く感じる取るのが大事らしい。マイクの場合は、サックスのようなアーティキュレーションで弾きたいからオルタネイトによるフル・ピッキングはしない。故に独特なスウィープ・ピッキングを練習することになった。そしていい音のするポジションで弾く練習をする… というふうに、練習内容は自動的に決定されていったような印象を受けました。
そしてトランスクライブしたものは相当みっちり練習して、磨きをかけるとのこと。いつもその場の思いつきで、不確かな何かをプレイするのではなく、明晰な、自分が理想とする音で、前に出る音(pop out)で弾くために、日頃からみっちり練習を重ねる。そして「音楽は音楽によって学ぶ」。つまり教則本のようなエチュードは、彼の場合はやらないとのこと。
「自分はどんなふうに弾きたいか」。それを徹底的に考えることが大事なんだということが度々強調されていました。そしてよく聴く練習をする。「聴くこと」に関しては、彼はこんなことを言っていました。
よく生徒がこんなことを言うんだ。「頭の中で聞こえているものをうまく外に出せないんです、こういうアイデアは全部聞こえているんですが、外に出てきません」ってね。僕はそういうことを言う人は決して信じないね、だって本当にそれが聞こえていたら、それはね、外に出てくるよ。ちゃんと聞こえていたら、身体はそれをやるようになるよ。僕は本当に心からそう信じているよ。
– a lot of times I hear these students (saying) like “I’m having trouble getting out what I’m hearing in my head, you know, I’m hearing all those ideas they are not coming out, and I never believe anyone that says that , because if you actually were hearing these … it would come out, you know…. I really truely believe that if you hear something your body will do it.
あとはスタンダードのテーマを弾くのが下手な人はソロも下手だ、テーマが上手い人はソロも上手い、等々、なかなか厳しい口調による「マイク・モレノ語録」もてんこ盛り。それが大体パート1の内容で、パート2ではコーダル(アルペジオ)な表現とモーダル(スケール的)な表現の話から、「ハーモニック・リズム」から逃れるための話。
この「ハーモニック・リズム」から逃れるというのは、モチーフの有機的展開・ハーモニーを意識しつつも小節線を越えていくという、ジム・ホールやジョン・アバークロンビーがよく語っている内容です。これも結局は、教科書やエチュードに書かれているような古典的なTwo-Fiveフレーズをコード進行にあてはめて弾く練習をしても、結局はグルーヴしないんだ、というモレノの基本的な出発点を感じさせます。
じゃあどういう練習をすればいいのか、に興味がある方はこれらの動画を見てみたほうが良いでしょう。マイク・モレノの教則動画、全部英語で基本的な和声理論はわかっている人向きだと思いますが、画面にフィンガリングの説明タブ譜が映ったりと親切な内容です。私はPDF付きの3本セットを買いました。
コンピングについてはボイシングにこだわるよりもリズムとフィールが大事という話。ボイシングはメロディが教えてくれる。だから聴くことが大事なんだよ、とやはりここでもマイク・モレノは一貫しています。良いトーン、良いアーティキュレーション、良いフィール、良いリズム。そのためにはとにかく聴くこと。
動画中で題材になっている曲はDonna Lee, 循環, Stablemates, Tune Up等。
マイク・モレノはとにかく一貫性のある人だなと思いました。そしてベン・モンダー同様、練習内容はかなり当たり前、真っ当なもので驚きました。あのキレキレのタイム感、超絶技巧、美しいボイシング。全てたった一つの欲求から発生しているようでした。そしてそのたった一つの欲求が、ああいう重層的な美しさに至っているのは本当に素晴らしいな、と思ったのでした。
ところでマイク・モレノ本人が語っているように、これは普通の意味での教則動画ではないかもしれません。マイクは「このメソッドで練習しろ」と言っているのではなく、「僕はこうやってきた」という体験を説明しているだけで、教則というより「良いお話を聞けている」感がとても強く、それがまたいい感じです。
教則本も、ビデオも、音楽学校もたくさんある。でも「自分は何が好きか。自分はどんなふうに弾きたいか」は他人は決して教えてくれない。それを教えてくれるのは自分しかいない。まずはそこに立ち返るんだ、という彼のメッセージを強く感じました。とにかく超絶技巧が欲しい… 複雑なコードを知りたい… どんなふうに弾いたら良いのか教えてほしい… そんなふうに思う時、人は道に迷っているのかもしれないな、と思いました。