ハーモニック・マイナー・スケールとそのハーモニーについてじっくり考えたことがあまりなかったので、腰を据えて書いてみることにしました。
ハーモニック・マイナー・スケールの一番簡単な定義は恐らく「エオリアン(ナチュラル・マイナー、自然的短音階)の7番目の音を半音上げたもの」でしょう。この7番目の音が主音への導音(リーディング・ノート)となって終止感が強調される点、また6番目と7番目の音が増2度(=実用的には短3度と呼ばれることが多い)になる点が特徴的。
ジャズではよくマイナーコードに解決するV7上で「解決先のコードのルートから始まるハーモニック・マイナー」として使われることが最も一般的な用法でしょう。V7から見ると完全5度下の音から始まるハーモニック・マイナーなので”Harmonic Minor Perfect 5th Below”やその略称で”Hmp↓5″、”HP5″などと呼ばれます。
このHmp↓5には伝統的なバップフレーズがたくさんあるものの、そういうのは若干古臭いとか演歌臭いと感じる人もいるらしい。その場合はこのスケール内に存在する全てのインターバルを自在に操れるようにして色々な組み合わせを試すとわりと面白いサウンドを作り出せると思います(ちなみにこのスケールはテクニック強化的にも良いですね)。
Hmp↓5は見方を変えるとハーモニック・マイナー・スケールの第5モード。これにはフリジアン・ドミナントやミクソリディアンb9 b13という別名もある。モード的な使用例としてはユダヤ音楽のクレズマー等、中東の音楽でよく使われると思います。下はJohn Zornの”Gevurah”という曲で全部C Phrygian Dominant = C Hmp↓5 = F Harmonic Minor。
こういうモーダルなハーモニック・マイナーを聴くと、「枯葉」のサビのD7(b9)でよく使われるあのハーモニック・マイナーとはかなり雰囲気が違うのがわかる。ていうかこれは本来そんなに簡単に使えるものではないのだと思う。「マイナーに解決するV7ではHmp↓5を使いましょう」と言われて「はいわかりました」とすぐできるものではないような気がする。
でもハーモニック・マイナーには独特の魅力がある。クローブとか、クミンとか、カルダモンとかそういうスパイスのような。カレーで言うなら神田神保町のエチオピアの… と脱線はここまでにして、ハーモニック・マイナーのダイアトニック・コードってどうなっているんだろうと考えてみます。まずトライアドなら(Key in Cmの場合):
Cm, D dim, Eb aug, Fm, G, Ab, B dim
ふむふむ。5番目と6番目にメジャー・トライアドが連続しているのがわかります。これはハーモニック・マイナーの大きい特徴の一つですね。ではセブンス・コードにしてみると:
CmMaj7, Dm7(b5), EbMaj7(#5), Fm7, G7, AbMaj7, Bdim7
結構複雑です。というのも、同じクオリティのコードが2回現れない。というか、全てのコードクオリティが入っている「全部入り」状態。こんなスケール他にもあるんだろうか。ついでに9thまで拡張した場合を見てみます:
CmMaj7(9), Dm7(b5, b9), EbMaj7(#5, 9), Fm9, G7(b9), AbMaj7(#9), Bdim7(b9)
AbMaj7(#9)あたりの響きがヤバい。「神田神保町エチオピアのカレー辛さ30倍」といった感じ。さらにダイアトニックで11thまで拡張してみると(このあたりから手元に鍵盤がないと確認が難しくなります):
CmMaj7(9, 11), Dm7(b5, b9, 11), EbMaj7(#5, 9, 11), Fm9(#11), G7(b9, 11), AbMaj7(#9, #11), Bdim7(b9, +M3)
EbMaj7(#5, 9, 11)とかBdim7(b9, +M3)とか相当ヤバい。神田神保町エチオピアのカレー辛さ50倍 相当。いっそのこと13thまで拡張してみます:
CmMaj7(9, 11, b13), Dm7(b5, b9, 11, 13), EbMaj7(#5, 9, 11, 13), Fm9(#11, 13), G7(b9, 11, b13), AbMaj7(#9, #11, 13), Bdim7(b9, +M3, b13)
これは神田神保町エチオピアのカレー辛さ70倍(MAX)を超えたサウンドとなっています(興味本位で手を出すと健康を害するレベル)。
なぜこんなことを考えてみたかというと「マイナーに解決するドミナント・セブンスコードの上でHmp↓5として弾く」以外に、ハーモニック・マイナーには様々な可能性があるように感じているからです。モード的な用法は勿論ですが、後は普通のマイナーキーのスタンダード曲をハーモニック・マイナーの視点で解釈しなおして、フレージングすると面白いはず。
ハーモニック・マイナーの変わった使い方が魅力的なのは私にとってやっぱりカート・ローゼンウィンケルなのですが、彼による用法については後日また書いてみます。
参考資料としてハーモニック・マイナー・スケールの転回形の名称を下に書いておきます。