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Pat Metheny or Zero Tolerance for Compromise パット・メセニーあるいは妥協を許さない男

2016年5月にブルーノート東京で開催されたパット・メセニーのライブに行ってきました。今回のメンバーはアントニオ・サンチェス、リンダ・オー、グウィリム・シムロック。カルテット編成です。

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PAT METHENY with ANTONIO SANCHEZ, LINDA OH & GWILYM SIMCOCK at Bluenote Tokyo, May 2016

当然ながらライブ中の写真はありません。会場は超満席でした。年齢層は高めだったような気がします。今の10〜20歳代の人々はメセニーとか聴かないのかな…と思ったのですが、よく考えると自由席で13,800円なので単純にお金がない、という人も多かったのかもしれません。

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PAT METHENY with ANTONIO SANCHEZ, LINDA OH & GWILYM SIMCOCK at Bluenote Tokyo, May 2016

実はこの日、久々に至近距離でメセニーを聴ける機会だから録音しようかな? とICレコーダーを持参していました。私は普段、録音が許可されているライブでも演奏の録音はしません。録音しても結局聴き返す機会は、結局のところそうそうないし、ならば100%のマインドフルネス状態で集中して聴くべきである、と考えているからです。しかしこの日は珍しく「最新のメセニーのプレイを採譜したい」という欲求があり、状況が許せば録音しようかと思っていたのです。

しかし会場でこのような注意書きを目にしました。

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PAT METHENY with ANTONIO SANCHEZ, LINDA OH & GWILYM SIMCOCK at Bluenote Tokyo, May 2016

Hi EVERYONE! Please, absolutely NO photography or recordings of any sort during tonight’s concert. Thank you for you cooperation + understanding. FROM, Pat (Metheny) P.S IF YOU SEE SOMEONE TAKING TELL THE MANAGEMENT !! THANK YOU

やあみんな! お願いです、今夜のコンサートはどんな種類の写真撮影も録音もしないでください。ご協力とご理解に感謝します。パット(メセニー)より 追伸 もし誰か録っているのを見たらお店の人に知らせてね!! どうもありがとう 

私にとって神にも等しいアーティストが自分の言葉で、手書きの文字でこのようなことを書いて、ブルーノートの受付で告知している。これを見て誰が録音などできるだろうかいやできない。というわけで、「後で採譜しよー」などという嫌らしい根性はさっぱり捨て、久々のパット・メセニーとの一期一会に臨むことにしました。向こうが本気なのだからこちらも本気で行かないといけない。

演奏は勿論最高でした。ピカソ・ギターでのソロから始まり、バンド1曲目は”So May It Secretly Begin”。その後はBright Size LifeやMinuano, Question and Answer等のお馴染みかつ「待ってましたー!!」系の選曲。Unity Groupからの曲はありませんでした。バンド演奏の後は、リンダ・オー、グウィリム・シムロック、アントニオ・サンチェス各人とのデュオ(相撲用語で言うところの「かわいがり」という説もある)。リンダ・オーとは”How Insensitive”、アントニオ・サンチェスとは”Question and Answer”でした。これが圧巻。で、これがまさかのアンコール前ラストの曲。

私が観たステージのメセニーは超絶好調という感じではないように個人的には思えたものの、この人のクラスになると気分の振幅、調子の善し悪しも含めて味わい深いという感じなので全く問題なし。それにしてもアンコールの”And I Love Her”(ギターソロ)まで約1時間40分です。メンバー紹介以外のMCゼロの相変わらず妥協の一切ない渾身のステージ。アンコールも1曲までとこの日は決めていたことでしょう。あるいは単に時間オーバーだったのかも。こんなライブは2万円でも安い。

メセニーは少しピリピリしているようにも見えたのですが、当たり前のことを真っ当に深めるという意味での「円熟」を強く感じた一夜でした。Pat Metheny Unity Groupで見せた新しい進化はちょっと脇に置いておきつつ、今年はギグを思いっきり楽しんでみようか、という感じでしょうか。しかし古い曲を演りつつも、懐古的な感じが一切ないのが素晴らしい。そして共演者の若手たちを引っ張っているというか、「お前らがこれからを担っていくんだぞ、わかってんだろうな」と教育しているかのような威厳を感じました。

アントニオ・サンチェスのパワフルな安定感は勿論、初体験のリンダ・オーとグウィリム・シムロックもかなり良い感じでした。リンダ・オーは華奢そうなのに音が太く、リリカルになりすぎずクールかつ情感のあるグルーヴを出していました。

ところでメンバー紹介の時にパットが手にしたマイクから音が出ず、数秒間パットはニヤニヤしつつ「さていつこのマイクから音が出るのかな」とマイクをタン、タン、と叩いているシーンがありました。完璧主義者のパットのことですから、今夜スタッフの誰かが死ぬんじゃないか、と見ていて心配になりました。

使用ギターについて。パットは今回シグネチャーモデルのIbanez PM200ではなく、ここ最近の使用が目撃されている例のDaniel Slaman Guitarがメインでした。シングルカッタウェイのフルアコでチャーリー・クリスチャン・ピックアップ(に似た外観のもの)と、Fホールに生音を拾う別のピックアップを積んだギターです。シェイプ的にはほぼPM120。このギター、好みもあると思いますがミッドがかなり強調されている感じで、決して悪くはなかったのですが私の好みだとアイバニーズのほうがコードの分離は良いかなあという印象(でもシングルラインでの存在感はすごかった)。

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PAT METHENY with ANTONIO SANCHEZ, LINDA OH & GWILYM SIMCOCK at Bluenote Tokyo, May 2016

多分本人が今ああいう野太いテナーサックスのようなミッドが好きなんでしょう。カッティング時の生音(の増幅)もこれまで聴いたことないような不思議なもので、あのFホール直付のマイクは便利そうだなとも思いました。あとはギターシンセも登場。全部でピカソ・ギター、Daniel Slaman Guitar、エレガット、シンセギターの4本。アントニオ・サンチェスとのデュオではかなり深いリバーブをかけたりと音響的な実験もあって面白かったです。Ibanezとの契約がどうなったのかはちょっと気になるところです。Ibanezとはもう数十年の付き合いだから、そろそろ新しい楽器を使ってみたいと思ったのでしょうか。

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PAT METHENY with ANTONIO SANCHEZ, LINDA OH & GWILYM SIMCOCK at Bluenote Tokyo, May 2016

ちなみに今回は下のマグカップをもらいました。これは地味に嬉しい。あとブルーノート東京の接客には昔からあまり良い印象を持っていなくて、同じような感想を持つ人も少なくないようですが、今回はフロントもホールもスタッフがみんな親切で気配りも行き届いているように感じました。ひょっとしてあれもパット・メセニー効果なのでしょうか。

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PAT METHENY with ANTONIO SANCHEZ, LINDA OH & GWILYM SIMCOCK at Bluenote Tokyo, May 2016

この夜のライブで印象的だったことで最後に書いておきたいのは、ある一人の観客のおじさん(つか、私もおじさんなんだけど)のことです。その背の高いおじさんは気合の入ったメセニーファンだったのでしょう、メセニーグループの有名な曲になると身体をもう前後左右に大きく揺すってノリノリで鑑賞しています。ほとんどクラブで踊ってる状態。

でも運悪くその後ろに座った観客は、おじさんの姿勢が一向に安定しないせいで視界が常に遮られてしまうらしく、相当気の毒でした。おじさんは、頭を右に左に、そして何か食べるために前に、ワインを飲むためにのけぞって後ろに、といつも動いています。パット・メセニーのファンなら、みんなに等しくステージを楽しむ機会が与えられるよう、配慮してほしい、と思いました。

そのおじさんはワインの飲み過ぎか、時々トイレに行くこともありました。そして懐かしいナンバーの演奏がはじまると身体を前後左右にノリノリで揺すります。懐かしいあの時代、大好きだったあのパット・メセニー。あのメセニーがいま、ここにいる。そのことに興奮していた人は(私も含めて)少なくないでしょう。しかし、恐らくパット・メセニーは何かを懐かしいと思って演奏している瞬間は1秒もなかったんだろう、と思いました。

おじさんは多分、昔のメセニーを思い出して、その姿を現在のメセニーに重ねていた。あのおじさんは本当に耳をかっぽじって演奏を聴いていただろうか。そして当のメセニーは、昔のことなんかどうでも良くて、現在のことしか考えていないように見えた。今自分が出している音しか聞こえていないはず。その対比が印象的でした。


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