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ホリエモンはジャズギターを弾けるようにはならないが、それでいいのである

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ホリエモンこと堀江貴文氏のベストセラー「多動力」というビジネス本をAudibleというオーディオブックで聴いたのですが、これはやはり面白い。これからの10年20年を生き抜いていくために人はどのように仕事するのが望ましいのか、そのためのヒントが満載なのですが、聴いていて私がまず感じたのは、ホリエモンはジャズギターを弾けるようにはならないだろう、ということです。

たとえば、寿司職人が何年も修行を積むのはバカだ、と彼は言います。1人前の寿司職人になるのに10年もかかるのは馬鹿げている。時間の無駄だ。寿司作りに必要な技術や情報は既に門外不出のものではなく、オープン化されている。専門学校に行ってちゃちゃっと基礎を学んだら、あとは自分のセンスで面白い寿司作りをすればいい。

またゴルフで平均スコア80を1年で出せるようになっても、それを平均72まで持っていくにはあと10年かかる。そしてそのレベルになれたとしても、プロになれるとは限らない。堀江氏は飽きっぽいので、80出せるようになったらやめてしまって、次々と他のことに手を出していくタイプのようです。

ホリエモンは興味を持ったものにはどっぷりハマり、何でも80点の成績を出せるくらいまでは追求する。しかしそこから100点に至るためには膨大なコストと時間がかかるため、彼はそこでやめる。他のことをやる。それに飽きたらまた他のことをやる。そのようにして「80点前後を取れる専門家」としての肩書を次々増やしていき、その肩書のシナジー(相乗効果)によって自らの存在価値を高める。

ここで例えばジャズギターのことを考えてみると、堀江氏が言う寿司職人やゴルフの話と少し通じるものがあります。ジャズの場合、お客さんからお金を取れるくらいのクオリティの即興演奏ができるようになるまで、つまり80点を出すためには1年ではとても無理で、そこまで行くだけで10年かかるのも珍しくないでしょう。

超天才で3年、様々なものを犠牲にして頑張った人で6年、地道にべストを尽くしてきた人で10年。それくらいかかるんじゃないか。それに、練習方法を間違えていたら20年経っても80点さえ取れるようにならない。それくらいコストも時間もかかる世界です。

さらにジャズの世界でも80点と100点のあいだには巨大な壁があります。便宜的にジョン・スコフィールドの演奏を100点だとしましょう。彼の演奏を成立させている和声理論やアプローチは、知的に理解するだけなら1年で済むかもしれない。そして10年くらい練習すればジョンスコを彷彿とさせる80点の演奏ができるようになるかもない。でも彼と同レベルのグルーヴに至るためには残りの人生全てが必要かもしれない。

だからもしホリエモンがジャズの即興演奏に興味を持って練習をはじめた場合、勘のいい人だからすぐにバリバリ弾けるようになるかもしれない。ビバップ的なフレーズってこういうのだろ、と2年くらいで相当弾けるようになるのかもしれない。そして、多分彼はそこでやめる。頭のいい人だから、その段階からジョンスコ界に至るまであと20年必要、とかすぐ察するはず。

でも、それでいいのでしょう。それでも音楽の追求を続けている私達は、費用対効果でこれをやっているのではない。音楽をはじめとする表現行為の追求は、ビジネス的な論理とは無縁の、「情熱」という不合理な論理において行われているのですから。

しかしだからといって、堀江氏が「多動力」で語っている内容は音楽愛好家や職業ミュージシャンにとって無用・無縁なものであるかというと、そうとも言えないところも多々あるのが、面白い。これはジャズ・コミュニティーに属する人々も一度考えてみたほうがいい問題ではないか、というテーマが結構あるのです。

例えば、肩書の話。ダイアモンドに価値があるのは、美しいからではなく珍しいからだ、と堀江氏は言います。様々な肩書を持ち、様々な方面で知見を積んできた堀江氏という存在は珍しいカードであり、そこに需要が発生する。株式市場と刑務所の両方のことをかなり知っている人間はそうそういない、という話。

この話を聴いた時、ああ、ジャズの世界にもこういう人がいる、と思いました。グラスパーだ、と。ロバート・グラスパーは伝統的なジャズピアノもうまい。うまいどころか最高水準のピアノを弾く。でも彼は自分をジャズピアニストです、と自己紹介することはないだろうし、実際ヒップホップをはじめとする様々なジャンルのミュージシャンとクロスオーバーな活動をしているあたり、堀江氏とダブります。

勿論誰もがグラスパーのような音楽活動をできるわけではないし、する必要もないのかもしれませんが、ジャズに学んだ人でこれから新しい音楽を作っていこうと考えている方にはヒントになるような話が多いと思います。

例えばビバップだけ一生やっていていいのか。ビバップが大好きで一生かけてそれをやっていくと決めた人なら、それでいいかもしれない。でも80点までできるようになったら、他の音楽に関心を移してみると、いろんなシナジーが生まれたりしないか。簡単な例でいうと、そういう話です。メアリー・ハルヴァーソンがLINE6 DL4を使うようになったのは、「なんか飽きちゃったから」だそうです。そういう話。

堀江氏の「多動力」はAudibleのお試し登録で無料で聴くことができます。是非一度読んでみてください。

多動力
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Audible Studios/幻冬舎
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