凄いステージを見てしまった後、ギタリストに「すみません、ピックは何を使っているんですか」などと聞くと「そんなことより音楽の質問をしてくれよ!」と返されそうですが、でも気になりますよね。誰がどんなピックを使っているかという情報は、調べてみると本人による正確な情報は決して多くありません。ピックなんて些細なものにこだわっていてはいけない、という思い込みが皆の頭にあるのではないか。
海外ジャズギタリストの使用機材をデータベース的に紹介しているサイトでも、ピックについては省略されることが珍しくありません。使用ギター、弦、アンプ、エフェクターについての情報が省略されることはまずない。ピックの情報がまったくないないことは、よくある。考えてみれば少しおかしいことであります。
というのも、前に下の記事でジャズギタリストの定番ピックとも言えるJIM DUNLOP JAZZ IIIについて書いたのですが、この中の「ULTEX JAZZ III 2.0と」いう製品はどうやってもスーパーブライトな音しか出ないので、例えばウォームでファットな音を出すためにGIBSON ES-175やL5を買った人がこのピックを使っていたら無意味なのです。
新しいギターを買う時お店で試奏すると思いますが、その時アンプの上に置かれている「ご自由にお使い下さいピック」をなんとなく使ってしまう人は、まだギターを選ぶ準備が出来ていないか、相当な達人かのどちらか。手に取ったピックが仮にULTEX JAZZ III 2.0だとしたら、試奏するギターのことなんて何もわからない。試奏時はまず自分が愛用しているピックを使うべし。これに異論を唱える方はまずいないはず。
ピックを特徴付ける4つの要素
さて自分の好みのピックと出会うためには、実際に様々なタイプのものを買って試してみるしかないのですが、ピックを選ぶ際には大きく4つの要素を観察すると良い結果が得られるのではないかと思っています。それは、
- 材質
- 形状
- 厚み
- 大きさ
この4つ。この4つで「音色の傾向」(自分にとっていい音かどうか)と「演奏性」(弾きやすいかどうか)が決定されると思います。
材質には、べっ甲、ウルテックスやデルリン等のエンジニアリングプラスチック、金属、石、木、珍しいところでは骨など、様々あります。材質が違えば音も違ってきます。ただスタンダードなべっ甲や樹脂系素材のピックについては、素材よりも形状(シェイプ)が音質を左右する傾向が大きいと私は感じています。特に、ピックの先端、弦をはじく時に当てる部分の形状。下の写真の赤丸で囲った部分。
ここが異様に尖っていたりすると、音は大体ブライトに、明るい音になる。それは、別に悪くはないけれども、もしウォームでメロウで太い「いわゆるジャズギター的な」サウンドが欲しい場合、こういうピックだと実現するのは難しい。それよりも先端が丸いもののほうが、ジャズギター的なサウンドは作りやすい。上で挙げたULTEX JAZZ III 2.0などは先端が尖りすぎているのでブライトな音なのです。
音質に大きく関わってくるのは、あとはピックの厚みでしょう。これも薄ければ薄いほど、線の細いブライトな音に近付きます。ただこれは一概に言えないところもあります。例えばパット・メセニーは20代のインタビューで「太い弦を薄いピックで鳴らすのがいいんだよ」などと語っていました。薄いピックでも弦が太ければ、太い音を出せるのかもしれない。ただし先端が尖りすぎていたら、やっぱり難しいでしょう。
パット・メセニーはティアドロップ形状のピックの丸い肩の部分で弾くことで有名です。現在はどのメーカーの何を使っているか不明ですが、ある時期はD’addario Delrin super lightというピックを使っていたという情報があります(0.8mm説あり)。メセニーが少年の頃、彼が住んでいた町では薄いピック1種類しか売っていなかったのでそれを使うしかなかったという話は有名です。
メセニーは以前タモリが司会のテレビ番組「音楽は世界だ」に出演したことがあり、その時の映像がYouTubeに残されています。5:23頃から、自分のピッキングスタイルはオススメしない、ヘヴィピックを正しく持ったほうがいいんだ、と語っています。
メセニーには「薄いピックに親指で力を加えてややベンドさせることにより硬さを与えている」という情報があります。薄いピックでもウォームで太い音を彼が出せているのは、ピックのラウンド部分で弾いていることに加え、柔らかいピックであっても強くホールドすることでピックに剛性を与えているからではないかと推測します。
次にピックの「大きさ」について考えてみます。大きいサイズのピック、小さいサイズのピック、様々あります。これは演奏性、弾きやすさに大きく関わってくるところだと思います。大きいピックはつまり質量が大きいので、撥弦時の抵抗は小さいピックのそれよりも大きいでしょう。つまり速く弾くのが難しくなる、ということです。
ピック先端の形状も「速く弾けるか」に大きい影響を与えますが(尖っていればいるほど弦との接触面積が少ないので抵抗も少ない)、音色にも大きい影響を与えてしまうピック先端の形状とは違い、ピック全体の「大きさ」は音色にはそれほど大きい影響は与えないと私は感じています。
ここまでをまとめると、
ということが言えると思います。
では、これらの条件を満たすピックは、果たして存在するのでしょうか?
D’Andrea Pro Plec Teardrop 1.5mm
ダンドレアというメーカーに、 Pro Plec Teardrop 1.5mmというピックがあります。これを使っているジャズ系ギタリストには、ベン・モンダー、ジョナサン・クライスバーグらがいます。このピックの愛用者は多く、日本でも超絶技巧系のジャズギタリストが愛用されていると聞きます。これは音色が素晴らしいので、私も愛用しています。こういうピックです。
1.5mmと、まずまずの厚み。これ以上厚いと抵抗が増大します。そして先端の形状はいい感じに丸まっています。では、大きさはどうでしょう。普通のティアドロップ形状です。しかし…このピック、私には少し大きすぎます。このままではあまり速くひけません。そしてジョナサン・クライスバーグも同じように感じたのか、彼はこのPro Plec 1.5mmの上側1/4を切り落としているようなのです。下の写真を見てみましょう。
Jonathan Kreisberg loving our #dandreausa Pro Plec Picks! #jonathankreisberg #guitar #guitarpick #guitarpicks #jazz pic.twitter.com/lbT0LvNvGU
— D'Andrea USA (@dandreausa) March 31, 2016
D’Andrea Pro Plec Teardrop 1.5mmというピックは、気持ちが良い音がする。でもちょっと大きくて弾きにくい。なら、カットしてサイズダウンするのはどうだろう? という発想は、論理的な帰結でしょう。クライスバーグの上の写真を見た時、驚きました。というのも私がここ数年メインで愛用しているこのピックも、気がつけば自分でサイズダウンしていたからです。上の部分をハサミで切ってヤスリで削っています。
ちなみにジョー・パスもピックを切り落して使っていたという情報があります。彼はフェンダーのミディアム・ピックだったらしいのですが、半分にカットしていたそうです。やはり小さいほうが演奏性は良いとは思います。小さすぎてもホールドが安定しなかったりしますが。あとは慣れもあるんでしょうか。ダンドレア・プロプレックを無加工で使って速く弾ける方もいます。
自分でピックを加工する人は少なくないようですね。ケニー・バレルもそうだと聞いています。
BlueChipというソリューション
ところでピックの先端がシャープになれば抵抗が減るので、速弾きしやすいということは上でも書きました。問題は音色がブライトになりすぎること。このジレンマを解決しているのが、個人的にBlueChip Jazzだと思います。1枚$35もするこのプレミアムピックについては過去に記事を書いています。
私が使っているBlueChip Jazz 60は、弾きやすさと音色のバランスが良く取れていると感じます。ダンドレアよりはブライトなのですが耳障りではなく、ギターのトーンコントロールで丸められる程度のものです(ULTEX JAZZ III 2.0は何故か何をやってもどうにもならない…)。サイズもいい感じ。
ジュリアン・ラージはアコギではBlueChip TP50というピックを使い、エレクトリックでもそのピックと、もっと薄い同社のピックを使うこともあるそうです。
ジャズギタリストたちが選ぶ諸々のピックたち
ピックといえば面白いのがラーゲ・ルンド。何が面白いかというと、彼は特定のピックに縛られないようにしているらしいです。メインではCool PicksというメーカーのJuratex Jazzというモデルを使っているらしいのですが、しょっちゅうピックを換えるんだそうです。何故だろう。そうすることによってテクニックを見直したり、新しいアイディアが得られるのかな。これは示唆的です。早速真似しよっと。
技巧的にすごいギタリストを見渡してみると、どうでしょう。ビレリ・ラグレーンはJim Dunlop Delrin 500 1.14mm、または1.5mmの丸いほうで弾いているという説があります。これはツルツルした素材で、滑りがいいです。
そうそう、摩擦抵抗は素材によっても違ってきます。ULTEX素材は、ウォームでいい音がするのですが、若干ザラッとした抵抗を感じることがあります。私の場合ですが。透明なULTEX Jazz IIIは、音はすごくいいんですが、少しだけ引っかかりを感じます。
ピッキングが凄い人といえば、後はジョン・マクラフリン。彼はDunlop Jazz III。パット・マルティーノ。彼は石を使っていたという話があります。でも、どんな石だったんだろう?検索しても出てこなかったんですが、とりあえず弦離れの良いツルツルしたものだったのではないかと想像しています。ただマルティーノ氏は近年、デルリン素材の1.5mmのものを使っているという話もあります。
ジョージ・ベンソンはフェンダーの標準的ティアドロップのミディアムを使用。tortexの0.7-0.8mmを使っているという説を目にしました。本当だとすれば、わりと薄めですよね。ピックについてはいろいろ調べても、本人が「僕はこれを使っているよ」と明言している情報が少なく、伝聞だったりすることが多いので、この記事も話半分でお願いします。
ギラッド・ヘクセルマンはStrum-N-Comfort Picking Systemsという聞き慣れないメーカーのシグネイチャーピックを使用しているそうです。ただ、今は売っていないらしく、このピックの詳細スペックは不明。
ジョン・スコフィールドはむかし1mmのピックを使用していたそうです。2010年代に入ってからはDunlop Delrin 2mmを使用しているとの説があります。なるほど、もしかすると厚いピックはテレキャスターと相性が良かったりするのかな?
カート・ローゼンウィンケルはJim Dunlop Jazztone 207を使っているそうです。ただ彼もしょっちゅう機材を変えるので、現在はどうなんだろう。渋谷ウォーキンがカートの来日公演でWestvilleブランドのピックをプレゼントしてくれましたが、形状は違います。ただ、重ねてみると面積はかなり近いです。先端は207のほうが丸い。厚みは、同じくらいかな。
最後に一言
ピック選びはとても大事である、ということをお伝えするために、最後に一言、頭を捻って書いてみます。
いいピックに巡りあえたなら、2万円のスクワイアー・ソリッドでも最高にいい音を出せる。まだいいピックに巡りあえていないなら、100万円のGibson L-5を買っても何の意味もない。
どうでしょう。いろんなピックを買いまくっても、合計5000円とか、せいぜい1万円です。自分の求める音色が出ないからといってあれこれとギターを買い換えるよりも、まずピックを試行錯誤してみるのが個人的にはオススメです。まぁ、ギターで100万円使ってはじめて心底わかる話なのかもしれないですが…
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