ジャズ・スタンダードを歌うボーカルの方で、実は英語が苦手だ、という方もいると思います。また楽器プレイヤーの方でも英語が苦手で、スタンダード曲の歌詞の内容がわからない、という方も少なくないでしょう。さらに英語がもっとできたら外国で演奏したい、学びたい、と思っている人も多いはず。
ギタリストのジム・ホールは、曲の歌詞がわかったほうがいい演奏ができる、とも言っていたように思います。必ずしもわかる必要はないかもしれないけれど、わかると何かいいことがありそうです。
というわけで「ジャズを通じてちょっとづつでも英語を勉強する」というテーマの記事があっても面白いのではないかと思い、「ジャズで学ぶ英語」というシリーズでたまに書いてみたいと思います。第1回はスタンダード曲にもなっているコール・ポーターの”So In Love”という曲の歌詞が題材。この曲は、ポーターが作曲だけでなく作詞もしています。
So In Love (Cole Porter)
まずこの曲を知らないとどうにもならないので、1948年のミュージカル”Kiss Me, Kate”で最初にこの曲を歌ったPatricia Morisonによるバージョンを聴いてみましょう。
参考音源としてはこの人のバージョンも外せません。
ジャムセッションで演奏されることは稀だと思います。個人的にこの曲がコールされたセッションを覚えていません。インストゥルメンタルとしては、チック・コリアやラーゲ・ルンドなども演奏しています。元のキーはFmで…という話はここまでにして、歌詞を見ていきましょう。歌詞から英語を学ぶのがこの記事のテーマです(笑)
歌詞の難しそうなところを見てみる
ただ歌詞の全文を掲載すると渋谷区上原の取調室でカツ丼食わされそうなので、外国のこのサイトでざっと眺めてみてください。ヘンなのよ、でも本当なの、あなたのそばにいると星が空を埋め尽くして…という歌詞ではじまります。全体的に難しい単語はなく、わずかに”delirious”や”taunt”が使用頻度少なめの言葉でしょうか。
この曲の歌詞でちょっと難しめなところだけ見ていくと、まず下の箇所になるでしょう。
So in love with you am I
とてもあなたに恋しています、私は
倒置法という表現です。普通の文法だと、まず”I am in love with you”(私はあなたに恋しています)という表現があり、それを強調するために”so”を入れて”I am so in love with you”。そしてこれを”So in love with you”から開始します。この場合、”am I”というふうに、主語と動詞の順番が変わります。倒置法だとこうなります。この曲で文法的に難しいのはここでしょう。
次に難しそうな箇所はここ。
In love with the night mysterious
神秘的な夜に恋してIn love with my joy delirious
私の錯乱した喜びに恋して
これは”night mysterious”というように、形容詞である”mysterious”が名詞の後ろに来ています。普通の英語だと”mysterious night”という語順ですが、ポエムだとこういう語順が可能になります。”joy delirious”も同じ、そして”mysterious”と韻を踏んでいます。しかし”delirious”という単語がすごい。錯乱とかせん妄、狂乱という意味じゃないですか。狂ったような喜び。
そしてどんな時にこんな錯乱歓喜状態になるかというと、”When I knew that you could care”。あなたが私に構ってくれるかもしれないと知った時。この”could”は可能性。かもしれない、という意味。”care”は気にかける、気遣う、という意味。こんな微妙すぎる兆候だけで”joy delirious”に恋してしまうとは…恋で完全におかしくなっている女性の気持ちです。
さらにです。この女性がドMであることが判明します。それはここです。
So taunt me, and hurt me
Deceive me, desert me
I’m yours, till I die…..だから私を嘲って、傷つけて
私を欺いて、私を棄てて
私はあなたのもの、死ぬまで…
ここまで人を好きになれるのがすごい。20歳前後でもなければ無理。でもすごいと思います。これぞ恋。おっと英語、英語。”taunt”と”hurt”は”t”で微妙に韻を踏んでいます。”deceive”と”desert”も、頭の”de-“で韻踏み。しかしすごい歌詞だ…壮絶すぎる。
歌詞の内容について思うところ
この歌詞、全体的に、何か優れたところは特にないと思うんですね。はっとするような比喩はないし、近くにいるだけで空が星でいっぱい、みたいな直接的な表現や、神秘的な夜とか、狂ったような喜びといった表現も、凡庸だと思います。単純で、直接的で、大袈裟な言葉ばかりが使われていて、詩として何か優れているようには思えない。ある意味、中二病みたいなものじゃないですか。
しかしです。だからこそこの歌詞は面白いと思うんです。そもそも恋や愛を表現するために、凝った表現は必要なのか。恋はもともとこれくらい単純でダイレクトで、ちょっとバカになっちゃったみたいな状態に人を追いやるものではないのか。その意味で、この歌詞は一周回ってちょっとすごい。コール・ポーターがどれだけ狙って書いたのかは不明ですが、結果的にすごい歌詞になっている。
メロディにおける音程の跳躍もまた…いや、そういう記事じゃなかった(笑)。曲もいいですね。めっちゃ暗いけど、それがいい。深さを感じます。ただの”In love”ではなく、まさに”So in love”。
コール・ポーターの思い出
ところで私にとってこの曲は、はじめて聴いたコール・ポーターの曲です。小さい時に、あるテレビ番組でこの曲が流れると夢中になって聴いたのを覚えています。それはこの番組でした。
ずっとクラシックの曲だと思っていました。コール・ポーターの曲だと知ったのは大学生になってから。それまではロマン派のロシアの作曲家が書いたものだとばかり思っていました(ピアニストの中村紘子氏もこれをラフマニノフの曲だと思いこんでいたらしい)。このバージョン、編曲とピアノはモートン・グールドという人らしいです。
あと私は読んでいないのですが、ジャズ・ボーカルに興味がある方向けにこういう本も出ているようです。あると便利かもしれないですね。
リットーミュージック
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