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「両極」と「気付き」の三角形が生み出す音楽 ー パット・マルティーノの創造の秘密 ー

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パット・マルティーノがすごいことを語っている動画を発見しました。彼はまずギターに内在する独特な(マルティーノファンお馴染みの)システムについて説明しています。それを「水平」と「垂直」という両極として捉えたり、ギターに内在する「自動的に展開する」システムから作曲した話などを前半で語っているのですが、15:21頃からほとんど神秘主義者に近いような発想が出てきて驚きました。

(15:21) 私はこのような方法で両極(反対のもの)について学んできました。そしてそれを他のエリアにも応用しました、例えばアルファベットというシステムです。AからZまでは26文字あります、もしCメジャースケールを使って、これにAからZを当てはめるなら、これはCメジャースケールの音だけです、こういう音になります、この音はZです、7音が3セットあり、5音が1セットになります。

もしこのスケールシステムで”Beautiful”(美しい)という単語を弾くとすると、こうなります、”Ugly”(醜い)という単語は、こんなサウンドになります。解決は私が決めています。

刺激がなくて、あるいはキリスト教者が「辺獄」と呼ぶような退屈さに陥って鬱状態になった時、こうした他のコミュニケーション形式が持つ表現システム(systems of articulation)が…アルファベットや単語、通りの名前、クルマのナンバープレートや住所が書かれた封筒、人々の名前といったものが、私に歌ってきたのです。音楽は技巧以外からだけでなく、全ての事物からやってきました。

さて私達はいま、私が「両極の研究」と呼んでいるものについて話しているわけですが、”beautiful and ugly”(美しい・醜い)という言葉によって、協和と不協和について研究したのです、そして第3の位置を占めるのが客観性(objectivity)です、三角形の3つめの点です、これは「個人的な気付き」(personal awareness)であり、創造的な生産性(creative productivity)です、両極を用いることによって何かを生み出すのです、個人的には、それは超越的な音楽です。

それは「悪」をもはや消し去るべき何かとは考えないことです、なぜなら「我々に必要なのは善であり、悪ではない」と言うことは、「私は昼が好きだから夜を消してしまおう」と言うようなものだからです、しかし我々はそんなことはしません、それらは1枚のコインの表と裏、両面だからです。そして可能な限り客観的であるために、唯一それらの外側で、クリエイティブな文脈でそれを行うこと…それが私が研究してきたことです、私が交流する機会を持てた先生たちにそういうものを見てきました、あらゆる種類の批判、何が善で、何が悪なのかということについて、決めつけるような批判(a judgemental critique)を超越すること…

ところで最近パット・マルティーノのこんなインタビューについても書きました。

重要性を与えるのはモーションであり、モーションに音はない - Pat Martino
パット・マルティーノがPremier Guitarとのインタビューで「モーション」という独特の観念について語っています。こんなことを言ってい...

その一部を再掲します。

Q: 最近私は、ジョー・サトリアーニにあなたのアルバム”All Sides Now”での経験について話をお伺いしました。彼は「間違えているように思える音」でも正しい音に変えてしまうあなたの能力に驚いたそうです。

A: それは興味深い。協和と不協和というものがある。それらが持っている特質、それらに重要性を与えているのはモーションであり、モーションは音を持たない。モーションがこれらの要素を操作しているんだが、こういう感じのモーションに身を任せている時はそれが何処に行こうがどうでもいいことなんだ、なぜならモーションの中では聞くことができないからね。正しい音とか間違った音とかいうものはない。アイデアが形になる時、魔法が伝わるんだ。

上の引用箇所でサトリアーニが言っている「間違えているように思える音でも正しい音に変える」という部分は、恐らくマルティーノによる「両極」の操作の巧みさについて言及しているのでしょう。そしていま気付いたのですが、マルティーノ氏が「三角形のもう1つの点」と呼んでいる「個人的な気付き(personal awareness)」は上で言われている「モーション」のことではないか。

水平と垂直。陽と陰。協和と不協和。そうしたあらゆる「両極」を相互補完的なものとして、清濁併せ呑む感じで受け入れる。それを「個人的な気付き」によって創造への素材とする。音楽は単に技巧ではなく、音楽以外の外界にも既に存在している…こうしたマルティーノ氏の思想は、音楽的にはあまり似ていないとしても、日本の現代音楽作曲家・武満徹氏の思想にも似ているところがあるように思えました。そういえばマルティーノ氏はメシアンも好きらしい。みんな神秘主義思想家のようなものです。

パット・マルティーノは、勿論音楽家としてすごいと思うのですが、自分は音楽家ではない、ギターというオモチャで魔術の研究をしてるいるんだ、と言ったりします。むかしは何かわけのわからない、難しい言葉と図形で人を煙に巻くようなことを言う人だな、と思ったこともあったのですが、最近になってちょっとだけ彼の思想が見えてきた気がします。

こういう一見「難しそうな思想」は、音楽とは関係がないだろう、パット・マルティーノの音楽を知るには彼の音だけを研究すれば良いのだ、という意見もあるかもしれませんが、個人的には、やはりこういう変わったことを考えてきた人だからこそこれだけ特異なギタリストになったのではないかと思ったりします。

陰と陽、その外側の客観性(「悟り」と言っても良さそう)。マルティーノをはじめて聴いた18歳頃の私は、こういうことは全く理解できなかっただろうと思います。歳を取るのも、悪くないですね。


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