Quantcast
Channel: Jazz Guitar Blog
Viewing all articles
Browse latest Browse all 927

きれいな音という価値観

$
0
0

現代の西洋ポピュラー音楽をやっている私達は、きれいな音、を出そうとして日々頑張っています。粒の揃った、余分なノイズのない、平準化された均質な音。「きれいな音」を求めて、力の入れ方をコントロールし、ピックの持ち方を変える。ピック自体を変えたりもする。

この時「きれいな音」とされるものは、個々人によってそのイメージが違っていたとしても、まず疑われることのない正しい何か、自明な前提として存在しているのですが、その文脈で武満徹による琵琶と尺八のための「蝕」(Eclipse)という音楽は、どのように響くでしょうか。

この琵琶は、上で述べたような「きれいな音」とは違う価値観で音を発しているのが明らかです。打撃音、摩擦音、ピック・スクラッチ(バチ・スクラッチ?)奏法。日本の伝統音楽ではこうした表現は、当たり前だったんですね。

武満はビーンと鳴る琵琶の、1音でありながら複雑な音と響きを生み出す「さわり」と呼ばれる音色に自然の森羅万象が凝縮されたものを感じた。(小野光子著「武満徹 世界に橋をかけた音楽家」より)

尺八もそうです。西洋のフルートやサックスにも奏者の息吹、ブレスは感じられますが、尺八において呼吸が生み出すノイズは音色に対する脇役、添え物、仕方なく発生するもの、という感じではなく、尺八のアイデンティティそのものに感じられます。

また(武満は)尺八のひと吹きの中でさまざまな表情を見せる音色に一音成仏(尺八を吹きまたは聴くことで禅の境涯に至ること。いっとんじょうぶつとも読む)を聴き、それこそがこれらの楽器の魅力であり、本質だと感じた。(同著より)

ジャズ・ギタリストのカート・ローゼンウィンケルは、テナー・サックス奏者が熱くなった時に発する、割れたような、パチパチと爆ぜるような音に魅了され、一時エフェクターでそれを再現しようとしていたそうです。カートが魅了されたそのノイズのような音は、たぶん琵琶の「さわり」や尺八のバースト感に近いものだったのではないかと思います。

Kurt Rosenwinkelのあの「かすかに割れたような音」
最近、カート・ローゼンウィンケルの独特の「割れたような音」の正体を発見しました。

すごいプロの演奏家ではない私のような人間でも、無意識にヘンなことをすることがあります。ブリッジ付近で弾くことによって音色を変えたり、ナットとペグのあいだ、ブリッジとテールピースのあいだの、本来演奏に使うものとしては想定されていない部分を弾いたり、パームミュートを使ったり。そういうことされている方、多いのではないでしょうか。

リオネル・ルエケは弦と弦のあいだに銀紙を挟んだりします。ジョン・ケージのプリペアド・ピアノ的な発想ですが、ケージの発想もまた「楽音」と「噪音」のあいだを目指していたものだと思います。そのケージは勿論、東洋文化に理解があって禅も学んでいた人でした。

上で紹介した「蝕」(Eclipse)という曲は、武満徹の出世作「ノヴェンバー・ステップス」の序曲的な位置付けなのですが、ニューヨークでの「ノヴェンバー」の初演時、鶴田錦史氏の琵琶と、横山勝也氏の尺八に、乾燥によるヒビが入ってしまったそうです。

このことから武満は、西洋の音楽は持ち搬びが可能であり(故に標準化・平準化・規格化が可能)、非西洋の音楽は持ち搬びができないのだ、という洞察を得たそうです。

ジャズをはじめとする西洋調性音楽は、かなり標準化が進んでいて、将来的にはたぶん「アウトな表現」も含めてAIが面白い演奏をするようになるような気がしています。ただその時でも、「エクリプス」で聴くことができるような音色や、奏者に委ねられている間合いは、再現できないと思います(というか再現, representationという言葉がもはや不適)。

ところで琵琶という楽器の祖先は「バルバット」と呼ばれるもので、中央アジア・イランあたりの地方で生まれたようです。それは紆余曲折を経て日本にやってきて、琵琶になった。それは西洋にも流れ着いて、リュートとなり、ギターの起源のひとつとなった。

ギターでジャズのスタンダードを弾く、みたいなことを楽しみでやっている人間にとって、「きれいな音」を出すことは大切なことなのですが、それが唯一絶対の価値観ではないということをつい忘れがちです。

音楽学校に通えば、ヘンな音は出すな、ノイズは出すな、厳格なテンポでやれ、と叩き込まれると思います。でもそれは、東洋人の私達にとって唯一絶対の価値観ではない。

ただ、西洋と東洋、両者に共通しているものがあるとしたら、それは「制御」ではないかと思います。上の琵琶や尺八は、適当な思いつきによる情熱的なデタラメ表現ではなく、ものすごいコントロールが介在しているのは言うまでもないでしょう。

 

日本の音楽家を知るシリーズ 武満徹
小野 光子
ヤマハミュージックメディア
売り上げランキング: 145,450

Viewing all articles
Browse latest Browse all 927

Trending Articles



<script src="https://jsc.adskeeper.com/r/s/rssing.com.1596347.js" async> </script>