フリースタイルダンジョンというテレビ番組があります。毎週水曜日の午前1:30頃(火曜深夜)からはじまる即興ラップバトルの番組です。
毎回「モンスター」と呼ばれる強豪ラッパーたちに戦いを挑む挑戦者が現れ、5回勝ち抜くと賞金100万円を獲得できる。ラスボスの「般若」に勝利した挑戦者はまだ誰もいない。3本勝負のバトルは5人の審査員による多数決で勝敗が決定し、2本先取した方の勝ち。しかし審査員全員の判定が一致した場合は「クリティカルヒット」と呼ばれ、その場で勝利が確定する。
という内容ですが、ここで繰り広げられるラップがすごい。アメリカのラップバトル同様、自己紹介的な内容を入れつつ、その場で相手をディスるようなリリック(歌詞)を即興で生み出していく。相手を挑発したり、挑発に乗ったり、時には主題を切断したりしながらバース交換が行われる。ここで行われていることは、ジャズの即興演奏と本質的に何ら違わない。
審査員達が口にする様々な専門用語やコンセプトも、そのままジャズや即興演奏の文脈で理解できる。例えば:
- 「ライム(韻の踏み方)がかっこよかった」→モチーフの展開がすごかった
- 「フロウがすごい」→個々のフレーズの良し悪しや完成度とは別の次元で、大きい音楽的な流れが形成されていた
- 「熱量に圧倒された」→スキルという言葉では計測できない勢いのある演奏だった
等。見ていると、ラッパーたちが普段やっているであろう「練習」も、恐らくジャズの即興演奏の練習とほぼ同じものではないかと思ったりする。ライムの可能性を探ってパターンを蓄積することは、特定のインターバルを様々なコードに適用していく感じの練習に似ているはずで、さらに歌詞を(またはノートを)良い感じのリズムに乗せる練習もしなくてはならない。
バトルでは時々「オマエのは全部ネタ、どうせ即興じゃねーんだろ」などと相手を煽るシーンも見かける。ジャズで言うなら「それは練習してきたフレーズですよね、即興じゃないですよね」ということになるが、しかしそれが決して悪いことでないのは、ラッパー本人たちも審査員もよくわかっている。練習と訓練が欠かせない世界であることをみんな知っている。
格好良ければ、そしてそこにヴァイブがあるのなら、「ネタ=練習したフレーズ」が飛び込んできても恥ずかしいことではない。劣勢に追い込まれ、相手の勢いに呑まれて言葉に詰まり、仕方なく空間を埋めるために発せられるリリックがイケてないだけである。これはジャズでも全く同じ。普段から磨きをかけている自分の言語が、最高の瞬間に飛び出したらそれはそれでいい。
ジャズのライブやセッションではよく観客から「イエー!」が発せられる。最高のリズムが聞こえた時、最高のインタラクションが発生した時、最高にカッコいいヘンな音が聞こえた時、等々、「イエー発生条件」は様々だが、フリースタイルダンジョンの会場も、多分同じような理由で、「ウォー」と湧く。観客は拳を天に突き出す。
どんな言葉をどんなリズムに乗せて歌うか、どんなノートをどんなリズム乗せてプレイするか、という違いはあっても、この即興ラッパーたちと即興演奏家は同じ地平にいる。そして多分、私達はかなり多くの価値観を共有しているのではないかと思う。
さて、そんな最高に面白いフリースタイルダンジョン。私がいまいちばん好きなのが21歳になったばかりのT-PABLOWというラッパー。リズムセンスがとにかく最高で、早口で韻を踏みながら3連符と16分音符を往復するような時は身震いします。ライムのスキル、フロウ、熱量、リズミック・センス、全ての面で突出しているように感じます。完全に超一流のミュージシャン。
歳を取ると、息の長いフレーズを早口でぶっこむのは難しいらしい(それは身に沁みてよくわかるw)。それでも、漢 a.k.a GAMIのような熟練ラッパーにも別の魅力がある。他にも高いスキルと悪役的な魅力を兼ね備えたR-指定、とにかく前向きでポジティブなところが最高にカッコいいACE、独特な狂気的世界を持つDOTAMA。フリースタイルダンジョンには魅力的なキャラが溢れていて、毎週見ずにはいられない。
私は音楽に「バトル的要素」が持ち込まれたり、勝敗が絡むのはあまり好きではないし、音楽しながら相手をディスるというのも考えられないのだけれど、フリースタイルダンジョンだけは例外。相手をディスるという慣習はあっても、問われているのが「最高の音楽的表現」だから気にならないんでしょう。音楽以外の次元もあるけれど、音楽的な面だけ見ても最高だと思います。