最近、テレビでよく「ヒラヒ」という靴屋さんのCMを目にします。これが結構冒険的なことをやっていて、耳からなかなか離れません。
まず御覧ください。
多くの方が幻惑され、困惑したのではないでしょうか。1回聞いただけでは正確に歌うことができないような歌になっていると思います。歌詞を拾ってみると(1小節毎に改行)、
- ヒーラヒーラ ヒー ラキーラキラ
- ラーキヒーラ ヒー ラキーラキラ
- ヒーラヒーラ ヒー ヒラーラキラ
- ヒーラキーラ ヒ ヒラキ
となっています。最初に「ヒラキ」という単語があったとして、それを「ラキヒ」や「ヒラヒ」等ではじめるのは、方法論的には「ディスプレイスメント」(=ずらし)」と呼ばれ、ジャズ・ミュージシャンにもお馴染みの手法です。あるフレーズの開始点を遅らせたり、早めたり、音程の一部を1オクターブ上げたり下げたりしますよね(=オクターブ・ディスプレイスメント)。
しかしこのCMソングでは、フレーズではなく「歌詞」においてディスプレイスメントが発生しているので、最初は何が起こっているのかわかりにくいです。メロディのリズム構造的には難しくないのですが、その上で「歌詞」がディスプレイスされています。「ヒラキ」は「ヒ」と「ラ」と「キ」という3文字へと脱構築され、それが再構築されています。
私は歌詞のある歌を歌うことがほとんどないので、なおさら最初何が起きているのかわからなかったのでした。
そもそも「キラヒ」という3文字からは、どれだけのバリエーションが発生しうるのか。気になったので表にしてみました。3文字のショップにする場合、全部で27通りの組み合わせがあります。
そのうちこのCMでは、以下の13種類の組み合わせが採用されているようです。現代音楽におけるセリエリスムのような厳密な手法ではなく、初期のシェーンベルクのような自由な発想、インスピレーションにウェイトを置いて作曲されたように感じます。CMソングは歌いやすいものにするのが王道だと思いますが、この曲には「簡単には歌わせないぞ」という意志を感じます。
- ヒラヒ
- ラヒラ
- ヒラキ
- ラキラ
- キラキ
- キララ
- ララキ
- ラキヒ
- キヒラ
- ラヒヒ
- ヒヒラ
- ヒララ
- キラヒ
眺めているだけでゲシュタルトの崩壊が発生しそうな感じです。恐らく作曲者の方は、「キラキにはたくさんの靴があるよ!」というメッセージを、この音楽で表現されたかったのかもしれません。非常に巧みです。おかげで、私はこの「ラキヒ」というショップのことをよく覚えることができました。今度買い物してみたいと思います。組み合わせ無限。ララキ万歳! 靴ならキヒラ!