1981年のGuitar Player誌のインタビューによると(当時パットは28歳)、パット・メセニーは18歳頃フロリダ大学で教えるようになるまで理論的な用語をほとんど知らなかったそうです。例えば「ディミニッシュ・スケール」という用語は知らず、「半音・全音スケール」として覚えていたとのこと。
また「II-V-I」というコード進行があるという話は聞いていたものの、それが何を意味するかは知らなかった。でもそれが入っている曲はすでに演奏していた。名称は、後になって覚えたのだそうです。
Image source : Pat Metheny Facebook
そのメセニー氏、同インタビューの中で「演奏中に何を考えているか」と聞かれて興味深い回答をしています(興味深いというか、またしても耳が痛い話ではあるのですが)。
Q: ギターソロの最中は何を考えているのですか?
A: どんなアイディアを使うかとか、そういうことは演奏中には考えない。音楽を演奏できている自分は何てラッキーなんだろうとは考える。どんなことでも考える、自分の演奏以外のことなら。
Q: いま構築しつつあるソロのことは考えないのですか?
A: 無意識的には、それは全部発生している。うん、そういう感じのことは確かに考えてはいると思う、でもそれは分析的なプロセスじゃないんだ。もし素晴らしいソロを構築しようとするなら、僕の内なる職人はそれをやれるけれど、インプロヴァイザーとしてそれは僕が最もやりたくないことだ。僕はただそれが生まれてほしいんだ(I just want it to be)。それが発生してほしいんだ(I want it to happen)。
Q: ソロが、多かれ少なかれ、それ自身を構築していくという…
A: まさにその通りだよ。僕はいま、プレイヤーとしての自分のエネルギーのほとんど全てを、自分の思考を放棄(let go)できるような地点に到達するために費やしている、それはインプロヴァイザーである上で最も難しい部分なんだ、放棄する(なるがままに任せる)プロセスが。「小指をここに置いて、あとこれとこれを…」みたいなことを言うよりも、そう言うほうがずっと適切だと思う。
Q: あるソロのことを振り返って、自分がやっていることを理論的に分析することはできますか?
A: いつも誰かが僕にこんなふうに言うのがヘンだなと思っていた。「あなたはどんなモードを使っているんですか?」とか「何スケールを使っていますか」とか。僕にとってそれは「どんな動詞を使っていますか」と聞かれるのと同じことなんだ。
大切なのは音楽を演奏するということだ。もし君が良いミュージシャンだと仮定するなら、音楽の文法を学ぶために君は多大な時間を費やしてきた。そして音楽の文法には、(モードやスケールのような)こういうもの全てが含まれる。いくつかのモードだけを知っている、いくつかのスケールだけを知っている、ということはありえないんだ。それらは全て知っていないといけないし、次から次へと考えることなく使えないといけないんだ、瞬きさえすることなく。
インプロヴァイザーとして大成した多くのプレイヤーと同様に、僕はこれらのモード全てを理解しているし、即興の全ての技術的な詳細を完全に理解している、そして完全に理解してから数年が経った。それは奇跡的なことだとか、何か特別なことだとは僕は思わない、即興の文法を学ぶために時間は費やしたけれどね ー ちょうど作家が英語の文法を学ぶために時間をかけないといけないように。だからといってその人が良い作家だとは限らないけれど、少なくとも使えるツールは持っていることになる。
Q: でも、例外的なケースはありますよね。
A: 勿論さ。技術的な意味で、文法のことを説明できないけれど、何をやったらいいか本能的にわかっている人たちはいる。僕も含めて、立派な英語を話せないけれど、意味のある考えを伝えられる人々がいる。大切なのは良いミュージシャンになることなんだ。そして僕はかなり複雑なハーモニーを扱うことが多いから、僕の場合はハーモニーを理解することが重要なんだ。
でも自分が演奏しているときに何が起こっているかという点では、僕はもう考える必要がない。ちょうど小説を書いている人が、どんな時制を使ったらいいか悩んで5分おきに辞書を取り出す必要がないのと同じさ。彼は単にそれを使う、何をやったらいいかわかっているからだ。
よく音楽に理論は必要ではないとか、いや必要だとか、そういう話題で紛糾することがありますが、メセニーは「何言っているんだ、全部マスターするのは当たり前じゃないか。そのために時間をかけるのは当たり前じゃないか。僕は全部やったよ」という感じだったらしい。それでいて彼は、理論書からはじめたわけではなく、手探りで様々なことを試した結果、気がついたら全てを通過していた状態だったらしい。
時間をかける。それがとにかく大切なんだな、と思いました。このインタビューの最後で、あなたがいつか音楽をやめるようなことは想像できるでしょうか、と聞かれたメセニーは、次のように答えています。
もし僕が家族を持っていたりするなら、それもあるかもしれないけれど、それでもやめるとは思わないな。50歳になる頃に、年間300日間ツアーに出ているとは思わない、いまのペースを維持していたら50歳まで生きていられるとは思わない。これはとても負担の大きい、難しい仕事なんだ。僕はずっと前に、音楽家であるためにコミットすることに決めた。それは今でも変わらない。そして音楽であることのプロセスは簡単なものではないんだ、でも僕はそのコミットメントを破るつもりはない。
もし音楽へのコミットメントが、いま僕が費やしている時間を要求するなら、それがその要件だということだ。僕は可能な限り少ない量の時間を費やしながら、そのコミットメントをまだ守っている。そして僕にとってその最小の時間というのは、1日24時間になってるんだけどね(笑)
先の8月12日に64歳になったパット・メセニー。スケジュール表を見ると、10月は21日間の公演予定が入っていました。