「移調の限られた旋法」等で現代ジャズにも大きい影響を与えたフランスの作曲家オリヴィエ・メシアン(1908-1992)。スケールについて名前が上ることが多いですが、彼は独自のリズム言語も駆使していました。最も有名な「非可逆リズム」も含め、メシアンの4つのアプローチを観察してみます。
音価の付加
まずメシアン本人の解説を。
何らかのリズムに短い音価を付加する。1つの音符でも、1つの休符でも、1つの付点でも良い。
(Olivier Messiaen, Quatuor pour la fin du temps, DURAND S.A, Editions Musiacalesより引用。以下同)
下の譜例は上から16分音符の追加、16分休符の追加、付点による16分音価の追加の例。あるリズムの直後にこれらの「小さい音価が付加された形態」を続けることが多いようです。メシアンの音楽のビートがあるのかないのかよくわからない幻惑的なグルーヴはこういう操作からも来ていると思います。
この例を含め、以下のすべての手法も即興演奏家にとって良きアイデアになってくれると思います。
リズムの拡大または縮小
次に、任意のリズムの拡大と縮小(英語で言うところのaugmentation, diminution)。メシアンの場合、ルールに縛られない自由な拡大縮小の他に、次のような様々な操作を設定して作曲していたそうです。
あるリズムはその直後に、その様々な拡大形または縮小形が続いても良い。
例:1/3の音価の付加、1/4音価の削除、付点の追加、付点の削除、古典的拡大(2倍にする)、古典的縮小(半分にする)、2倍の音価の付加、2/3音価の削除、3倍の音価の付加、3/4音価の削除。
これは「時の終わりのための四重奏曲」の第六楽章、「怒りの舞踏、7つのトランペットのための」のセクションJから。2小節目はリズム拡大のわかりやすい例。1小節目の各音に対して1/3の音価が付加されています。
こうしたリズムの操作を含め、メシアンはリズム面において古代ギリシャ及びインド音楽などに影響を受けたと言われています(特に13世紀インドの音楽学者Śārṅgadevaによる「ドゥシタラ(デシタラ)」(deçî-tâlas)と呼ばれる120のリズムユニット)。このあたりは現代ジャズ最先端の試み(ベン・モンダー、ダン・ウェイス等)と関係してくるところがあり、大変興味深いです。
非可逆リズム
「非可逆リズム」はメシアンのリズム技法で最も有名なものです。まず本人の解説から。
右ら読んでも左から読んでも、音価の順序が変わらないリズム。互いに逆行する2つのグループに分割した時に「共通の」中心音価を持つあらゆるリズムにこの特殊性は存在する。
簡単に言うと、これは対称性のあるリズムのことを言います。ただし、4つ連続した4分音符がある場合、逆から読んでも音価は変わりませんが、これは非可逆リズムとは呼ばれません。中心となる音価があることが前提。例えば「山本山」という単語のように、中心で「本」という文字が共有されている必要があります。「山山」だと非可逆リズムにはなりません。
逆から読んでも同じになるので回分的リズム、とも言えます。またこの現象は自然界にも見られます。人間の顔が鼻を中心として左右対称になっているのも非可逆リズム的なものです。
メシアンの実際の使用例はこちら。これも「時の終わりのための四重奏曲」の第六楽章のセクションF。赤枠で囲ってある小節は、それぞれ非可逆リズムを用いて書かれています。
「非可逆リズム」はレディオヘッドが”Kid A”収録の”Pyramid Song”で使用したリズムとしても有名です。レディオヘッドの曲にはメシアンの音楽との共通点がいくつかあるのですが、これはその1つ。
最初のピアノの音価が4分音符であるとするなら、「4分音符 4分音符 4分音符+16分音符 4分音符 4分音符」というシンメトリックなリズムになっています。曲名の”Pyramid”は「非可逆リズムの持つ中心音=三角形の中心」から来ているのではないか、という説もあります(真偽不明)。
非可逆リズムと「時の終わり」について
非可逆リズムの「中心音価」を「現在」だとすると、左側は過去であり、右側は未来である。しかし過去にさかのぼっても、それは未来と同じかたちをしている。とするなら、ここにあるのは時の終わり、一種の永遠性とも言え、メシアンのカトリック信仰と大きい関係がある音楽語法であるとも言えると思います。彼のモード理論におけるシンメトリーも含めて、彼はこれらを「不可能性の魅惑」などとも呼んでいます。キリスト教信仰から出てきた音楽語法であるという点でも大変興味深いものがあります。
メシアンにはトータル・セリエリズムの先駆けになった「音価と強度のモード」という曲がありますが、理知的なパラメーターの操作に終始した冷たいセリー音楽には批判的だったとも言われています。
リズム・ペダル
最後にリズムのペダル(持続)です。
その周囲を取り巻くリズムとは無関係に、際限なく反復される独立したリズム。
リズムにおけるモードのようなものと考えることもできそうです。メロディがどう変わろうと同じリズム形を延々と繰り返す、というものです。「時の終わりのための四重奏曲」の第一楽章「水晶の典礼」ではピアノが下の赤枠部分のリズム形を反復しています。
これら4つのリズム語法の他、メシアンは素数も取り入れていたそうです。1, 3, 5, 7, 11といった、1とそれ自体以外の数で割ることが不可能な数。これも非可逆性と深い関係があるように思います。
こうしたメシアンの技法がよくわかる名曲は、個人的には何と言っても「時の終わりのための四重奏曲(Quatuor pour la fin du temps)」です。これは「世の終わりのための四重奏曲」と訳されることもあるのですが、原題の”temps”(英語のTime)は、非可逆リズムから連想される永遠性という観念を考えると「時代(世)」ではなく「時」を意味するものだと考えています。
「時の終わりのための四重奏曲」は第二次世界大戦中の1940年、ナチスに捕らえられたメシアンがドイツ・ゲルリッツの捕虜収容所に入れられた時、仲間の音楽家と共演するために作曲したものです。個人的にははじめて聴いたメシアンの曲ということもあり、彼の作品の中ではやはりいちばん好きなものです。好きすぎて高校生の頃、遠くまで楽譜を買いに行ったほどです。
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